
こんにちは、アッティです。
「アッティの熱湯とやま人」は、富山のために熱い気持ちを持って頑張る人の本音に迫る番組!
今回のゲストは、株式会社ウエブル 代表取締役CEOの増子 愛 (ますこ めぐみ) さんです。※2026年5月現在
新しい働き方とウェブテクノロジーで、富山から全国へポジティブな変革を起こす、増子さんに熱く迫っていきます!
この記事は、FMとやま「アッティの熱湯とやま人」(毎週金曜17:15〜17:25放送)の収録内容を、ほぼノーカットでまとめたものです。
放送では紹介しきれなかった裏話も含めて、ぜひお楽しみください。
あわせて、YouTube版もご覧いただけます。
大学時代の出産、Uターン、新卒就活で見えた働き方

三児の母、幼少期からの没頭力
増子 愛さんは、株式会社ウエブルでウェブ制作やシステム開発を通じ、企業の課題解決を支援しています。
三児の母でもある増子さんの原点には、幼い頃から情報を残したい気持ちや、PC-98に夢中になった没頭力がありました。
アッティ
こういうラジオに出られる機会は、たまにあるんですか?
増子 愛
そうですね。あまり機会はなくて、十数年ぶりかなというところです。
ちょっとドキドキしておりますが、よろしくお願いいたします。
アッティ
楽しみにしています。
早速ですが、まずは増子さんの簡単な自己紹介と、会社の説明をお願いできますでしょうか?
増子 愛
株式会社ウエブルの増子 愛と申します。
富山でウェブ制作、ウェブデザイン、システム開発を通して、企業さんの理想の実現や課題解決を支援しています。
プライベートでは三児の母です。若くして身ごもったものですから、今41歳なんですけど、20歳になる娘と、高2・中2の息子がいます。
アッティ
3人いらっしゃるんですね。
増子 愛
そうなんです。
アッティ
若いうちにお子さんを授かって、そこから子育てしながら、事業もずっとされてきたということですよね。
増子 愛
子育てをしながら、どうやったら自分の力を発揮して、世の中の役に立ちながら働けるだろうか。
そんなことを試行錯誤してきました。
アッティ
東京にいらっしゃって、そこから富山に戻ってこられたんですよね。
増子 愛
いろいろな事情があってUターンしましたので、そのあたりもお話しできればと思います。
アッティ
たっぷりお話しいただきたいと思います。
ではまず、増子さんの幼少期についてお聞きします。どんなお子さんだったんでしょうか?
増子 愛
小さい頃の記憶ではっきり覚えているのが、夢で見たものや、見聞きしたものを「メモしなきゃいけない」という癖があったことです。
2歳か3歳ぐらいの頃、どうしても忘れたくなくて、一生懸命文字を書いていた記憶があります。
それから4歳の頃、父がPC-98で花札をしていたんですけど、どうしてもそのゲームを自分で起動したくて。
アッティ
花札。
増子 愛
そうなんです。
当時のパソコンって、コマンドを打たないと開かないじゃないですか。
フロッピーを入れて、一生懸命謎の文字列を探して、花札を起動させようとしていた記憶があります。
アッティ
それ、小学校のときですか? その前?
増子 愛
4歳ぐらいのときです。
アッティ
4歳!? すごいな。
増子 愛
どうしてもパソコン花札がしたかったんです。年中さんだったと思います。
あとは、情報を収集して発信することや、パソコンを触って、コマンドを押すと反応が返ってくることがすごく楽しかったんですよね。
もう一つ、よく喋る子ではあったんですけど、絵を描き出すと、岩のように座って黙り込み、何時間でも絵を描いていたと親戚のおばに言われました。集中力がとてつもなくある子だったんだと。
一度没頭したら、なかなか戻ってこないくらい、自分の世界に入り込むところがある子どもだったのかなと思います。
アッティ
このあといろいろお話を聞いていく中で、「そういったところが今につながっているんですね」という話になるかもしれませんね。
増子 愛
そうですね。今思えば、つながっているところがたくさんある気がします。
表現の道具としてのデジタル機器
増子 愛さんは、電子手帳やワープロ、Photoshop、Illustratorなどに早くから親しみました。
機械そのものより、誰かとつながることや、情報をまとめて伝えること、絵やCGで表現できる面白さに惹かれていきます。
アッティ
お父さんのパソコンに触れていたということですが、当時はITという言葉はなかったにしても、もともとそういう分野が好きだったんですか?
増子 愛
不思議と、メカのようなものは好きでした。パソコンやワープロもそうですし、当時、電子手帳が流行ったんですよね。
友達と通信できる機能があって、メッセージや似顔絵を交換できるんです。それが大好きでした。
そういうものが出ると、いち早く欲しがって、誕生日に買ってもらっていて。なぜ好きだったのかは、自分でもよくわからないんですけど、誰かとそこでつながれることが理由の一つかと思います。
あとは母のワープロを勝手に触って、頼まれてもいないのにクラス新聞を作っていたんです。
情報をまとめて、誰かに伝えるツールとしてのデジタル機器に惹かれていて、没頭するように遊んでいた記憶があります。
アッティ
新しい機材やアプリ、ソフトなどは、できるだけ試してみたいタイプですか?
増子 愛
そうですね。欲しがりますね。
誰よりも早いかと言われると、そうでもないんですけど、自分の中でピンとくるものがあったら、「絶対これ欲しい」と思うところはありました。
アッティ
幼少期をそのように過ごされて、中学・高校はどんな感じでしたか?
増子 愛
中学でも絵を描くのが好きでした。
その頃、叔父がPhotoshopやIllustratorというデザインソフトを教えてくれたんです。「デジタルでこんなふうに描けるんだ」と思いました。
紙に手で描くのも好きでしたけど、CGにはそれでしかできない表現があるじゃないですか。それが楽しくて、絵を描いたり、勝手にグッズを作って友達に配ったりしていました。
アッティ
テクノロジーもそうですけど、絵を描くことも、ずっと好きなんですね。
増子 愛
そうなんです。プログラミングのような方向も好きなんですけど、最初は絵を描きたくてパソコンを触ったり、新聞を作ったりしたんです。
アッティ
テクノロジーはあくまでツールで、やりたいこと自体はアート的なことや、表現に近かったのかもしれないですね。
増子 愛
一周まわって、そうだなと自覚しています。
大学時代の妊娠と卒業への道
増子 愛さんは東京の大学に通っていた大学3年生の秋、妊娠に気づきます。
卒業と就職という課題に直面する中、親友の言葉や教授・研究室の協力に支えられ、富山にいながらオンラインでゼミと卒業研究を進めました。
アッティ
先ほど、若くしてお子さんを授かったというお話がありましたが、それは大学時代なんですね。
増子 愛
21歳のときに娘を産んでいます。大学4年生の7月でした。
当時は東京の大学に通っていたので、周りはみんな就活をして、東京の企業に推薦やいろいろなルートで入っていく時期で。その中で「私はどうなるんだろう」と思っていました。
身ごもったと気づいたのは、大学3年生の秋ぐらいです。まさに就活真っ盛りでした。
アッティ
まさにど真ん中ですよね。
増子 愛
そうなんです。まずクリアしなければいけない問題が2つありました。
一つは、どうやって卒業するか。大学では一人暮らしをしていたので、これからどうするのか。
もう一つは、就職をどうするか。「人生終わったんじゃないか」と思うくらいでした。
でも、そのことを東京の親友に話したんです。
「こういうことになってしまって」と伝えたら、カフェに呼び出してくれて。そこで「メグはお母さんになったんだよ。おめでとう」と言ってくれたんです。
アッティ
ぐっときますね、それは。
増子 愛
「そうきたか」と思いました。
それから教授に相談しました。ちょうど研究室配属の時期で、「こういうことになりまして」と話したんです。
私の研究室は、コンピューター系で、オンラインのウェブ会議システムやメッセンジャーを開発・研究しているところだったんですね。
それで、「実家で出産・子育てをするのであれば、週に1回、ビデオ会議システムでオンラインゼミをしましょう」と言ってくださったんです。
あとは家でプログラミングをしてくれれば、富山にいても卒業研究は進められるんじゃないか、と。
アッティ
その時代で、すごいですね。
増子 愛
本当にありがたかったです。「こうだからダメ」と言わずに、可能性を見出してくださったんですよね。
教授だけでなく、先輩や担当の先生もすごく協力してくださいました。
子どもが生まれてからも、オンライン会議に子どもを抱っこして顔を見せたりしながら、LINEのようなものを開発する卒業研究をして、卒業させていただきました。
富山へのUターン就職と告白の涙
増子 愛さんは出産と子育てのため、富山へ戻る選択をします。
就職活動では妊娠をなかなか打ち明けられず、採用担当者との会食で涙ながらに告白。事情を受け止めてもらい、子育てしながら働く道が開けました。
アッティ
3年生のときに妊娠がわかって、実際に生まれたのが4年生のときですよね。
その頃、就職活動はどうだったんですか?
増子 愛
そのことも親に相談しました。
富山では、おばあちゃんが孫を見ながら、お母さんが働く家庭も珍しくありません。
母も共働きで頑張ってきた人なので、「実家に戻ってきてくれれば協力するから」と言ってくれたんです。
ただ、就職をどうするかという問題は残っていました。
アッティ
そこですよね。
増子 愛
途中までは、妊娠のことを隠して就活していたんです。
自分という人材をどう評価してもらえるのか、気になっていたんですよね。経営者になった今は、「早く言ってくれれば、こちらも考えられるのに」と思うんですけど。
アッティ
それに合う会社に入るべきだ、という感覚にもなりますよね。
増子 愛
そうなんです。
当時は、東京でも地元企業向けの合同就職説明会が開かれていて、就職支援会社の担当者も来ていました。私もその説明会に参加し、そこから就職支援会社にも応募して、選考が進んでいったんです。
最終面談では、社長から「何か気になることはないですか?」と、3回ほど聞かれました。
アッティ
何か違和感を感じられたんですね。
増子 愛
東京で理工学部を出た女子が富山に戻ってくることに、違和感があったそうです。
アッティ
珍しすぎると。
増子 愛
はい。しかも就職支援企業は、比較的早い段階で内定を出すこともあるので、「ほかを見ずに、なぜうちに決めるんだろう」と思われていたらしいんです。
ただ、その場ではどうしても言い出せず、そのまま帰ってしまいました。
翌日、採用担当の部長と3つ上の先輩と会食する機会があり、そこで思い切って打ち明けたんです。すると、私はボロボロ泣き出してしまって。
「すみません。もう言わなきゃと思って」と伝えると、部長は「それはさぞつらかったことでしょう」と受け止めてくださいました。
そのうえで、「社長にも話しましょうか」と言ってくださったんです。
最終的には、お情けもあったのかもしれませんが、内定をいただくことができました。
「この会社で頑張ろう」と気持ちが固まり、子育てをしながら働く私を受け入れてもらえた形です。
アッティ
まさかのことが、いろいろありますよね。
お子さんの件もそうですし、本当は富山に戻って就職することは考えていなかったはずですよね。
増子 愛
そうですね。最初は、もう少し都会のほうで挑戦したかったという思いもありました。
アッティ
いきなりそこからのスタートだったんですね。
増子 愛
「私、帰るんや」みたいな感覚で。みんなはどこか高いところへ行ってしまったように、当時は感じていました。
子育てと働き方を変えた原体験
増子 愛さんにとって、オンラインで卒業研究を進めた経験は、場所や子育ての制約を越えられるという原体験になりました。
新卒で働きながら育児を担う大変さや夫の深夜残業も、働き方への問題意識につながっています。
アッティ
一方で、テクノロジー的にはオンラインというものがあった。
学生時代もそうですし、働くことにおいても、昔でいう通常の働き方がフィットしないところがあったわけですよね。
それが今の仕事のやり方にも、大きくつながっているんですか?
増子 愛
おっしゃる通りです。大事なポイントです。
まず卒業研究をオンラインで進めさせていただいたことは、当時としてはほとんどなかったと思います。
そこで、「場所の制約や子育てがあっても、テクノロジーを使えば、やりたかったことを実現できるんじゃないか」という原体験をいただきました。
それから、物理的に出社がある就職先に行っても、子どもは夜泣きするわけですよね。新卒社員で仕事にも慣れない中、私は配慮していただいて定時で帰らせてもらっていました。
子どもを迎えに行って、お風呂に入れて、ご飯を食べさせて。両立できている反面、やっぱりきついなというところもありました。
「ママがフルタイムで働くって、どれだけハードなんだろう」と突きつけられた感覚がありました。
夫も深夜残業が多い職場にいたので、帰ってきたときに「やっと帰ってきてくれた。手伝って」と言うと、「俺も疲れてる。何言ってるんだ」となって。典型的にギクシャクするようなこともありました。
アッティ
なるほど、深夜残業か。
増子 愛
そうです。長時間労働です。
男性が長時間労働で家庭に参加できないことも、社会課題だなと思うんです。
当時は「なんて人だ」と思ってしまっていましたけど。
アッティ
時代はまだ100%追いついているわけではありませんが、かなり変わってきていますよね。その中で、増子さん自身の経験が、今のリーダーとしての役割につながっているような気もします。
第1回から中身の濃いお話になりましたが、今週は以上とさせていただきます。ありがとうございました。
次回は、実際に会社を立ち上げて、ウエブルさんについてお話しいただきたいと思います。
新卒ママ、実家商社、フリーランスを経てウエブルへ

新卒ママとして働き続ける葛藤
増子 愛さんは富山へ戻り、就職支援系のHR会社に入社します。
時短勤務を勧められながらも、フルタイムで食らいつきたい思いを抱え、夜泣きや育児、配慮される負い目と向き合いながら働き続けました。
アッティ
前回は、増子さんが昔から今でいうITやテクノロジーに興味があり、その横にアートもあったというお子さん時代のお話を伺いました。
それから大学時代にお子さんを授かり、学生ママとして就職し、富山に戻ってきたというお話でした。
今回お聞きしたいのは、富山に戻ってきてからのお話です。前回も少し出ましたけれども、まずはHR系の会社に入られたんですか?
増子 愛
はい。富山でいうリクナビのようなものを作りながら、企業さんの新卒採用や中途採用を支援している会社に入社させていただきました。
アッティ
お子さんを育てながら働くということではありましたが、新卒で、しかもお子さんがいる状態で初めての仕事をするのは、やっぱり大変でしたよね。
増子 愛
そうですね。なんとしてもフルタイムで頑張りたいと思っていましたので。
上司からは「時短にしてもいいんだよ」と言っていただいていたんです。でも、ここで食らいつかないと、「自分の人材価値が下がる」じゃないですけど、「なんとか食らいついて一人前になりたい」という思いが捨てきれませんでした。
とはいえ、慣れない家事育児も始まります。
要領も良くないうえに夜泣きもあって、「明日仕事なのに、夜中の2時に子どもを抱えて近所を散歩している私は何なんだろう?」と思うこともありました。
朝、出社しようと思ったら、お隣さんに「昨晩、大変でしたね」と言われてしまって。「聞こえてたんだ…」みたいな感じでした。
同期の子たちもすごくいい子たちだったんです。でも、自分だけ立場が違うことに対して、配慮してもらっている負い目もありました。
正直な気持ちを言えなくなっている自分がいたんですよね。
アッティ
相手はそこまで思っていないかもしれないけど、どうしても自分で壁を作ってしまったような感じですね。
増子 愛
はい。夜泣きがつらいとか、そういうことも言えなくて。
それでも働かせていただいているから、「ありがとう」に徹して。あるべき形のようなものに、ある種、縛られてしまっていたところもあったかもしれません。
アッティ
かなり気を遣いながら働いていたところもあるんでしょうね。
増子 愛
早く帰らせていただくので、ままならないというか、申し訳ない気持ちもありました。
「お先に失礼します」と頭を下げて、フロアを一周してから帰るんです。
みんな「頑張ってね」と言ってくれるんですけど、「これでいいんだろうか」と思うところがありました。
アッティ
なるほど。
川崎さんが引き出した最初の挑戦
増子 愛さんは入社後、事務仕事が中心の毎日にモヤモヤを抱えていました。
そんな中、先輩の川崎さんが上司に直談判。プロジェクト参加をきっかけに、プログラミングやホームページ制作、業務効率化で力を発揮していきます。
アッティ
ウエブルを立ち上げるまでの間には、どういう流れがあったんですか?
増子 愛
まず、就職支援のHRの会社に入らせていただいたんですが、1年半ほどで退職することになります。
ただ、その1年半がとても濃かったんです。最初は基本的なことを覚えるという意味もあって、事務仕事が中心でした。
でも、理工学部でコンピューターをやっていたのに、「なんで私はずっと事務なんだろう」という思いがあって。それでも「働かせていただいているからありがたい」と思いながら、少しモヤモヤしていました。
そんなとき、3つ上の先輩で、のちにウエブルのナンバー2になる川崎という先輩が「増子さんとじゃないと、このプロジェクトはやりません」と言ってくれて。
「なんで理工学部出身の子に、ずっと事務仕事をさせるんですか?」と、上司に直談判してくれたんです。
アッティ
すごいですね。
でも、お二人ともまだ入社して間もない頃ですよね。
増子 愛
そうなんです。川崎は今でも、「何の権限もなかったけど、とにかくめぐちゃんが埋もれているのが悔しかった」と言ってくれます。
そこで上司を説得して、そのプロジェクトを進めたら、力量を認めていただけました。そこからはいろいろなチャレンジをさせてもらえるようになったんです。
翌年の新入社員さんにプログラミングやホームページ制作のレクチャーをさせていただいたり、社内の業務効率化に携わったり。
事務で入っても、システムをやる会社だったので、人材育成や業務改善のようなところにも関わらせていただきました。
すごくやりがいを持てるようになってきた頃に、実家の会社で経理をしていた祖母が病気になってしまったんです。認知症も患っていたので、親から「ちょっとなんとかしてほしい」と言われました。
それで、実家の会社を手伝うことになりました。また事務仕事ではあるんですが、転職をさせていただいた形です。
アッティ
それがきっかけで、1年半ほどで変わったわけなんですね。
実家商社で進めた紙帳簿の改革
増子 愛さんは祖母の病気を機に、薬の卸売りをする実家の商社を手伝います。
そろばん、電卓、紙の帳簿で進んでいた経理業務を見直し、システム導入で業務を約3割削減。働く人の納得感にも配慮しました。
増子 愛
2年目の秋ぐらいに、実家を手伝わなくてはいけなくなりました。
これも、富山にUターンしていたからこそ、すぐに手伝えたところではあります。実家は薬の卸売りをしている商社で、祖母と父がやっていた会社です。今もあります。
その中でも、祖母が担っていた経理は、メーカーさんへの支払いなど、会社のお金の流れに関わる大事な仕事でした。
入ってみると、そろばん、電卓、紙の帳簿だったんですよね。20年前とはいえ、多くの会社がシステム化している中で、全部が紙の帳簿でした。
二重の業務も結構ありましたし、事務の皆さんも2〜3時間残業しているような感じで。「これがなければ、残業はなくなるんじゃないかな?」と思ったんです。
アッティ
なるほど。
増子 愛
当時、母は専業主婦だったんですが、「今の会社でシステムを入れられるとしたら、あなたしかいない。やりなさい」と言われました。
従業員さんの立場からは言えないだろう、と。80歳の祖母に合わせたオペレーションになっていましたから。
アッティ
そうですよね。
増子 愛
そこから帳簿のデータを起こしたり、商品のデータベースを作ったりしました。
既存のパッケージを自社に合わせて導入した形です。
アッティ
成果は結構出たんですか?
増子 愛
3割ぐらい業務をカットできました。
アッティ
すごい。
増子 愛
ただ、それで残業が減って給料も減ると、面白くないじゃないですか。
なので経営者にも話して、「固定残業代としてつけておいてあげてほしい」とお願いしました。
時間が短くなって、時間当たりの賃金を上げられたことは、一つ良かったことだと思っています。
アッティ
仕方なく入った会社の中で成果をしっかり上げた。
でも、この成果を上げた経験は、やっぱり大きかったんじゃないですか?
増子 愛
言われてみると、本当にそうですね。一周まわって、まさにその経験が大きかったんだと思います。
ただ、やっている途中は、「こんな田舎の名もない企業で、誰にも見てもらえない中、こんなに頑張っても、世の中に埋もれていくんだろうな」と思っていました。
別に承認欲求ではないんですけど、「都会の企業に行っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか」「自分、何をやっているのかな」と思うこともありました。
事務の方々は皆さん協力してくださったんですが、普段のオペレーションをしながら、システム化という並行業務を進めるのは大変です。不安もあったと思います。
そこに対して、「絶対に楽になりますから、協力してください」とお願いしていた状態で。20歳ほど年上のお姉様方に、24歳の私が頭を下げてお願いするような感じでした。
アッティ
経験として面白いですよね。
ITで効率化できるという実績を作れたことが一つ。もう一つは、それによって働く環境が変わり、働く意欲も変わる中で、ケアまで考えることができたこと。
今のお仕事にも、つながる部分があるような気がしますね。
増子 愛
本当におっしゃる通りです。
ITのインパクトや、この仕事をさせていただける醍醐味のようなものを、ここで経験させていただいたと思います。
アッティ
なるほど。とはいえ、「そこにずっといよう」と思っていたわけではないですよね?
増子 愛
親には、最初から「ずっとはきついかも」と言っていました。
アッティ
その後はどうされたんですか?
ネットショップ失敗から副業Web制作へ
増子 愛さんは実家の商社でネットショップを始め、地元特産品やPBの健康食品を販売します。
楽天市場の広告費を投入しすぎて赤字を出しますが、1年間無給で立て直し。その経験が副業のWeb制作へつながりました。
増子 愛
事務の効率化が一通り終わったあとに、2人目、3人目を産むことになります。
ずっと事務の効率化ばかりしていても、売上が上がるわけではありません。会社としては出張して営業するようなスタイルだったんですが、私は子育てしながら出張に行けるわけではない。
それなら、商品をネットで売ってみようかなと思って、ネットショップを立ち上げました。
アッティ
それは、その商社でですか?
増子 愛
そうです。医薬品商社での話です。
ただ、問屋さんが直売するというのは、小売店さんに対して問題があるんです。
アッティ
なるほど。「勝手に何やってるんだ」と。
増子 愛
しかも価格的にも優位なので、どうしようかと考えました。それで、地元の特産品を仕入れて販売しようと思ったんです。
いろいろな生産者さんのところに足を運んで、バイヤーのようなことをして、最初は特産品ショップとしてスタートしました。
ただ、ネットショップはなかなか利益が出にくいところもあります。そこで、プライベートブランドの健康食品を作ろうということで、新製品を開発して販売することにも取り組みました。
アッティ
取り組んでいたんですが…
増子 愛
ちょっとずつ軌道に乗り始めたところで、調子に乗って、楽天市場で広告費を投入しすぎてしまったんです。
アッティ
そういうことなんですね。
増子 愛
もっと売ろうと思ったら、回収できなくなってしまいました。
広告で成果を出すのにもコツがいるんですよね。「これはまずいぞ、どうしよう」と思いました。
父にも「これ、どうするの?」と言われて。
アッティ
「何してるの」と言われますよね。
増子 愛
「どうしよう…」と思いました。でも、親も経営者だったので、自分も気持ちとしては経営側にありました。
投資したものを回収できないのは痛い。であれば、1年間無給で働いて、自分の給料分をカットしながら利益を出そうと思ったんです。
翌年は無給で店長をしながら働きました。
アッティ
本当に1年無給だったんですか?
増子 愛
そうなんです。ただ、並行して副業としてウェブ制作をすることになります。
アッティ
それをしなきゃいけなくなった、という面もあるわけですね。
増子 愛
それもありました。
結果としては、翌年に赤字を補って余りあるぐらいの黒字を出せました。
今では笑い話になっています。
アッティ
そのことによって、もう一つの副業ができたわけですね。
増子 愛
それはあります。
自社でネットショップをしているのを見た何人かの方から、「うちのも作って」と声がかかることが増えました。
アッティ
なるほど。
増子 愛
副業として始めたウェブ制作やECショップ制作が、だんだん本業になっていく形でした。
アッティ
そこからウエブルにつながっていくわけですね。
増子 愛
経理も母に引き継いで、商社のオペレーションも整ってきていました。
であれば、私はフリーランスとして、ウェブやシステムの仕事を中心にさせてもらいたいと思い、独立しました。
アッティ
完全に独立されたんですね。
増子 愛
そうです。29歳のときです。
フリーランスで見えた自由と限界
増子 愛さんは29歳でフリーランスとして独立し、Web制作やシステムの仕事を担います。
時間や場所に縛られず、子育てとは両立しやすい一方、営業も経理も一人で行う大変さから、誰にでも勧められる働き方ではないと感じます。
アッティ
実際には、フリーランスとしてウェブ制作などの仕事をいくつかこなしていく形だったんですか?
増子 愛
そうですね。並行して、5件から14件ぐらいを担当するような生活になりました。
アッティ
なるほど。では、そこからどうウエブルにつながっていったのかも、お話しいただけますか?
増子 愛
フリーランスとして2年ほど自分でやってみて、思ったことがあります。
まず、フリーランスは時間と場所の制限がありません。締め切りを守って成果を出していれば、子育てとの両立はしやすい働き方だと感じました。
その頃には子どもが3人になっていたので、保育所にも頼りながら、なんとかやっていました。
一方で、当時は「ママになったらフルタイム勤務は厳しいから、フリーランス」というような風潮も世の中に出始めていました。「起業女子」のような流れです。
アッティ
そういうことですね。
増子 愛
中には趣味でやっている方もいれば、本気で生計を立てたいけれど、大変な思いをしている方もいました。
私自身も、フリーランスとして子育てと両立はできました。でも、営業も経理も全部自分でやらなければいけません。
「誰にでもおすすめできる働き方ではないな」と思ったんです。
「フリーランスが、子育てとの両立という社会課題の解決になるとは言い切れないな」と気になり始めました。
アッティ
そういうことですね。
増子 愛
であれば、フリーランス並みの自由さがありながら、セーフティネットもある会社があったらいいんじゃないかと、漠然と思い始めました。
アッティ
会社自体を作っていくほうがいいんじゃないか、と。
増子 愛
そうです。
アッティ
その当時、いろいろな企業を見ていて、そういう会社はほとんどなかったんですか?
増子 愛
2016年で、コロナ禍の前だったので、そういう会社は少なかったですね。
アッティ
なおさらですね。オンライン自体も、今ほど一般的ではなかったですよね。
増子 愛
そうなんです。
ただ、県外には、そういう働き方を始めて発信している会社がありました。全国リモート採用をしているような会社もありました。
それを、ゆくゆくウエブルのナンバー2になる川崎が知っていたんです。
「そういう働き方もあるな」と念頭に置きつつ、どうしようかなと踏み出せないまま、フリーランス2年目を迎えていました。
アッティ
そうやって、フリーランスを2年間されていたんですね。
川崎さんとの再会とウエブル誕生
増子 愛さんは、二児の母となった川崎さんから、出社できない状況やマミートラックへの不安を相談されます。
フリーランス並みの自由さと会社のセーフティネットを両立する構想が、2人で法人化する決断とウエブル誕生につながりました。
増子 愛
そんなある日、前回お話しした、前職で私にチャンスを持ってきてくれた川崎が相談してきました。
当時、彼女も二児の母になっていたんです。2人目のお子さんの体が弱くて、なかなか出社できない。でも、出社さえしなくてもよければ、持ち帰りできる仕事もある。
「このままでは、マミートラックに乗ってしまうような気がする」
川崎は、そんな不安を抱えていたんです。マミートラックとは、出産や育児をきっかけに、女性が能力を十分に発揮しにくい仕事やポストに固定されてしまうような現象です。
最初は「少し雇ってもらえないか」という相談でした。ただ、話を聞くうちに、私の中には「雇うというより、一緒にやれないだろうか」という思いが生まれました。
川崎はFacebookを通じて、私がどのような活動をしているのかをずっと見守り、応援してくれていました。私自身も、できることなら彼女と一緒に仕事をしたいと考えていたんです。
とはいえ、当時の私にとって、人を雇うことへのハードルは決して低いものではありませんでした。
アッティ
今度は、給料を払わなきゃいけないという重たさが出てきますよね。
増子 愛
そうなんです。
確かに仕事は増えていて、1.5人分ぐらいの仕事を私1人でやっている状態で。
「あとは0.5人分、養えるかな?」という感じでした。
アッティ
なるほど。
増子 愛
最初は先輩に、「フリーランスになったらいいじゃないですか」と言ったんです。
そうしたら、彼女は本当にフリーランスになったんですよ。
アッティ
本当になったんですか?
増子 愛
仕事を辞めて、フリーランスになりました。
半年ぐらい、お互いに情報交換しながらやっていく中で、私も「そろそろ法人化しようかな」と話していました。
すると、もう一度「それなら一緒に」と言ってくれたんです。
アッティ
なるほど。その先輩が、まさにきっかけだったんですね。
増子 愛
そうですね。最初は「給料が低くてもいいから、苦楽を共にして一緒にやろう」と言ってくれました。
そこまで言われたら、だんだん「わかりました」となっていきました。
そのおかげで、ウエブルが生まれたんです。
アッティ
なるほど、わかりました。ありがとうございます。
今回は、ウエブル誕生までのお話を伺いました。次回は、実際にウエブルがどういう仕事をされているのかについて、お話を伺っていきたいと思います。
全国リモートで広がるウエブルの働き方

ウエブルの由来と全国リモート組織
増子 愛さんが立ち上げたウエブルには、「Web」と「able」を掛け合わせ、ウェブでできることを増やすという思いが込められています。
現在は全国リモート採用を進め、富山県外のメンバーも多く活躍する組織へと広がりました。
アッティ
まずお聞きしたいんですけど、「ウエブル」という名前はどこから来ているんですか?
増子 愛
会社名はすごく迷いました。
一つは、ウェブでできることが増えるから、という意味です。「ウェブ」に「ル」をつけて、ちょっと動詞っぽくしたらいいかなと思いました。
アッティ
「ウェブ」で「できる」の“る”。
増子 愛
そうです。
それから、「できる」は英語で「able」と言うじゃないですか。
「Web」と「able」をくっつけて、「ウエブル」という感じでネーミングしました。
アッティ
なるほど、わかりました。
現在、ウエブルは何人ぐらいいらっしゃるんですか?
増子 愛
今はパートを含めて28名で、正社員が16名の組織になりました。
アッティ
仕事としては、改めてになりますけれども、ウェブ制作がメインですか?
増子 愛
そうですね。ウェブ制作と、一部システム開発もしています。
企業様の中に入って、一緒に開発するような支援のお仕事もさせてもらっています。
アッティ
28名の方は、出社なしということですか?
増子 愛
そうなんです。全国リモート採用をしています。
普通に出社する形だと、なかなか働きづらい状況にいる方がいます。でも、オンラインやフレックスであれば、もう少し活躍できる方もいるんです。
たとえば子育て中の方もそうですし、地方に住んでいて、ウェブ制作会社があまりない地域にいらっしゃる方もいます。長崎の方もいらっしゃいますね。
全国で採用活動をして、オンライン面接をして、ご入社いただいている形です。
アッティ
28人中、富山県外の方はどれぐらいいらっしゃるんですか?
増子 愛
気づけば、6〜7割が県外になっていますね。
アッティ
お会いする機会は、ほとんどないんですか?
増子 愛
年に1回は、全員集合の研修を交流会も兼ねて実施しています。
あとは、私が出張ベースで「ちょっと会いに行くよ」ということはありますが、基本的には、まだ会ったことがない人もいますね。
アッティ
面白いですね。
リモートでも相談できる仕組みづくり
増子 愛さんは、フルリモートで相談のハードルが上がる難しさにも向き合っています。
オンライン朝礼や「30分以上悩んだら相談」のルール、Discordでの雑談などを取り入れ、離れていてもチームで働ける環境を整えました。
アッティ
まず、その話をいろいろ聞きたいんですけど、リモート中心の働き方には、メリットだけでなくデメリットもあると思います。実際、どうですか?
増子 愛
まずデメリットから言うと、やっぱり顔を合わせて少し会話すれば解決することに対して、相談のハードルが上がってしまうところがあります。
なので、チャットで言語化する力はスキルとして身につけたいところです。とはいえ、相談のためにオンラインミーティングを申し出ること自体に、心理的なハードルを感じるメンバーもいました。
そこは意識的に、朝礼のようなオンラインミーティングの機会を作っています。相談できる場を作ることと、「30分以上1人で悩んだら必ず相談する」というルールも決めました。
あとは、雑談用にDiscordというツールを立ち上げて、「ブツブツ言いながら仕事をしてもいいよ」という場も作っています。
アッティ
面白いですね。
増子 愛
いろいろな取り組みをしています。
アッティ
教育はどうなんですか?
増子 愛
大きく二つあります。
まず、いわゆるスキル研修のようなものは、ほとんど設けていません。
ウェブ制作については、コロナ禍以降、オンラインで学べるスクールや書籍がかなり充実してきました。そのため、基本的には自ら学べる方を前提に採用しています。
一方で、入社後はかなり丁寧にフィードバックを重ねています。
たとえばコーディングという、プログラムのようなものを書く仕事であれば、先輩が「ここのコードはこうしたらいいよ」と、具体的にアドバイスします。
テキストベースで伝えることもありますし、オンラインで壁打ちすることもあります。
デザインに関しても同じです。赤入れをしてお戻ししながら、オンラインで共同作業をしています。
アッティ
基礎は自分で学ぶ。そのうえで、実務に必要な部分は会社側からアドバイスしていく、という感じですね。
増子 愛
その通りです。
アッティ
面白いですね、こういうやり方は。
増子 愛
なんだかんだ、なんとかなっています。
さっき尋ねていただいたベネフィットとしては、まず出社がないので、通勤時間がありません。
アッティ
それは大きいですよね。
増子 愛
そうなんです。通勤に往復1時間かけているのであれば、子育て中の方なら、その時間を家事に充てられます。
通勤時間があると時短でしか働くのが難しい方も、通勤がなければフルタイムで働ける場合があります。
それは、子育て中の人に限った話ではありません。子育て中ではない人も、自分の通院や接骨院に、日中の空いている時間に行けばいいと思うんです。
締め切りやミーティングの時間を守っていただければ、時間をずらしてもいい。中には、15時になったら毎日必ず犬の散歩に行くメンバーもいます。お子さんの習い事の送迎に行く方もいます。
フルタイムの共働きだと、習い事をさせてあげるのが難しいこともありますよね。学童もありますが、自分で送迎したい方にとっては、それを実現する手段になっているのではないかなと思います。
一人ではなくチームで挑む働き方
増子 愛さんは、フリーランスとして働ける実力がある人も、チームで挑める会社を目指しています。
自由さだけでなく、セーフティネットや仲間と取り組む醍醐味を大切にし、独立目的の離職がない組織づくりにつなげてきました。
アッティ
少し変な質問なんですけど、フリーランスでウェブ制作をしている方も結構いらっしゃるじゃないですか。
そういう方がウエブルに入ってこられるパターンが多いのか。逆に、ウエブルを卒業して、1人でフリーランスとしてやっていく人が多いのか。
そのあたりはどうなんですか?
増子 愛
それでいうと、入社のほうが多いかもしれません。
アッティ
入社が多いんですね。
増子 愛
一時期、ウェブの勉強をしてフリーランスになる、という流れがありました。でも、フリーランスって結構大変だと思うんです。
全部を自分でやらなければいけない。ある意味、背水の陣です。
だからこそ、チームで仕事をしたい方や、セーフティネットがありつつ、やりがいのある仕事をしたい方が入社してこられます。
うちが掲げている目標の一つに、「フリーランスとしてやっていける実力のある人が、それでもいたいと思える会社を作りたい」というものがあり。メンバーとも、そう話しています。
アッティ
まさに、そうですね。
増子 愛
チームじゃないとできない仕事の醍醐味もありますから。
そういうチャレンジや挑戦を担保することは、組織づくりとして意識しています。
「できているといいな」と思うんですけど、少なくとも今のところ、独立を目的に離職した人はいません。
アッティ
そうなんですね。そうすると、もともとの目的が達成されているところがありますよね。
増子 愛
今のところ、なんとかできているかなと思います。
成果を出すウェブ支援への挑戦
増子 愛さんは、ウェブサイトを作って終わりではなく、集客や売上アップにつなげる支援を重視しています。
提案型ウェブアナリストの学びを社内に広げ、「花屋のネットショップ売上10倍」や「運送業者の問い合わせ3倍」といった成果につなげました。
アッティ
働き方の目的はそうとして、事業内容としてはどうですか?
増子 愛
ウェブ制作とシステム開発をさせていただいています。
ウェブサイトを作って納品すると、喜んでいただけることも多いです。その中でも、私として「ここはもう少し実力を上げたいな」と思ったのが、成果を出すというところでした。
当然なんですけど、ウェブサイトを作る目的は、名刺代わりでいいという方もいらっしゃいます。
でも多くの場合、集客や売上アップなどのゴールがあるんです。そこを、やみくもにではなく、ある程度の根拠に基づいて改善し、成果を上げていく。
そのスキルを身につけるために、「提案型ウェブアナリスト」というアクセス解析の資格のようなものを東京まで学びに行きました。
アッティ
なるほど。
増子 愛
大切なのは、データを見るだけで終わらず、そこから具体的な改善施策をどう見いだすかです。
学んだ内容を持ち帰り、お客様の支援に取り入れることで、以前よりもしっかりと成果につなげられるようになりました。
この経験をきっかけに、会社としてもアクセス解析や改善提案の力が高まっていったと思います。その後はほかのメンバーも学びに出向き、得た知識を社内で共有しながら、チーム全体の実力を底上げしていきました。
アッティ
実際に、成果としていくつか説明いただけますか?
増子 愛
一つは、花屋さんのネットショップを支援した事例です。
店長さんはとても粘り強い方でしたが、あるとき「もう少しで心が折れそうです」と相談をいただきました。
それまでは楽天市場で売上を上げていたものの、独自に立ち上げたネットショップでも収益を出したい、というご希望があったんです。
そこで、半年ほどかけて、アクセス状況を一緒に分析しながら改善を重ねました。その結果、当初は月20万円台だった売上が、最終的には200万円ほどまで伸びたと伺っています。およそ10倍です。
もちろん、これは私たちだけで生み出した成果ではありません。店長さんが本当に熱心で、コンテンツを粘り強く改善し続けたからこそ実現できた結果だと思っています。
でも最後には、「ウエブルさんがいなければ、途中で心が折れていました」と言っていただきました。
私たちも同じ目線に立ち、試行錯誤を繰り返してきましたので、成果が見えたときには思わず涙が出そうになるほどで、とてもやりがいを感じた仕事の一つです。
アッティ
すごい成果ですね。
ほかはどうですか?
増子 愛
最近では、運送会社のウェブサイトをリニューアルしたところ、「問い合わせが3倍になった」とご報告をいただきました。これは、とても嬉しかったですね。
その会社は大手企業との取引実績が豊富だったため、「実績一覧として掲載するだけでも、信頼性が高まると思います」とご提案しました。
実際にサイトへ掲載すると、「この会社とも取引しているなら、安心してお願いできる」と感じてもらえたようです。それが問い合わせの決め手となり、受注にもつながったと伺っています。
SEOとAI時代の情報発信
増子 愛さんは、運送業者の強みを整理し、コンテンツ強化やSEO対策で問い合わせ増加を支援しました。
さらにGoogleの『AIによる概要』やChatGPTでの検索も見据え、これからの情報発信に必要なAI対策にも取り組んでいます。
アッティ
それ、結構気になりますね。
運送会社さんは、基本的に地場産業に近いじゃないですか?
その中で、ホームページで問い合わせが増えるというのは、よほど会社としての強みがあって、それを表に出すことがうまくいったのか。それとも、出し方の工夫がすごく良かったのか。
そこはどうなんですか?
増子 愛
まさに、その2点が大事でした。
運送業者さんはたくさんある中で、業界の中でのポジションがあります。そこをヒアリングしたところ、とても明確だったんです。
トレーラーに強い、大型の建築資材に強い。そういった強みが明確になるように、「運送事業における強み」のようなページを強化しました。
そのように、コンテンツで魅力や強みを発信することが一つ。もう一つは、SEOと言われるものです。
アッティ
そこですよね。
増子 愛
検索エンジンに引っかかるような工夫です。
キーワードをかなり細かく調整して、「上がった」「下がった」と見ながら進めていて。今はAI対策もさせていただいています。
アッティ
AI対策もしているんですか?
増子 愛
AIで検索されるというか、Googleで検索しても上にAIによる概要が出ますし、最初からChatGPTに聞く方もいます。
そういうときに出るためにも、いろいろやることがあるんです。
アッティ
今までのSEO対策にプラスして、AI対策はまったく違う要素になってくるんですか?
増子 愛
重なるところと、個別に認識しなければいけないところの両方があります。
そういったトレンドを早くキャッチして、お客様に対応していくことも、私たちの仕事になっています。
アッティ
検索におけるAI対策は、まだそこまで皆さんされていないですよね。
増子 愛
これからのところですね。弊社としては、「喜んでお手伝いしますよ」というところです。
まだ皆さんがしていないところで取り組めば、先行者優位もあります。
アッティ
ありますよね。面白いですね。
会社の挑戦と地域の働き方改革
増子 愛さんは、リモート組織づくりや「主婦でも成果を出せる」という挑戦を形にしてきました。
現在は自社だけでなく、製造業など地域企業とも関わり、それぞれの強みを生かした働き方改革に取り組んでいます。
アッティ
ほかはどうですか?
増子 愛
あとはシステムですね。
エンジニアもいますので、受託でシステムを作ることもあります。それだけではなく、運送資材の販売をされている会社さんで、社内にもSEさんがいらっしゃるケースがありました。
「自分たちで改善のためのアプリを作りたい」「見積もりシステムを自動化したい」。そういったご相談があったときに、社内の方に構築や運用のスキルがつくように、一緒に作りながら研修してほしいというご依頼をいただきました。
今は、川崎が中心になって、通いながら一緒に作らせていただいて。「あ、動いた」とか、「ちょっとエラーが出たけど解決できた」とか、そういうことを重ねながら、一緒に作っていける喜びを感じています。
アッティ
将来的には、自分たちでもできるようになっていくということなんですね。
増子 愛
そうですね。もうすでに、ちょっとしたことはご自分たちで解決しながら、改修や機能追加をされています。
困ったときだけご相談いただいて、「ここはうちでやりますね」と対応したり、「これはこうすればできますよ」とご案内したりしています。
アッティ
なるほど、面白いですね。
こうやってウェブ制作の事業を展開しながら、ベンチャー・スタートアップとして会社を立ち上げてこられたわけですよね。
実際に会社を立ち上げてみて、苦労や楽しかったこと、思いはどうですか?
増子 愛
ふとした瞬間に、「やりがいがあるな」「楽しいな」と思います。
一方で、夜の寝際や朝起きたときに、「資金繰りは大丈夫かな」と思うこともあります。そういった現実的な経営の悩みはありますね。
いろいろ対策を講じるので、もちろん何とかなってはきていますが、楽なことはあまりないです。
アッティ
ですよね。
増子 愛
はい。そのリスクを取りながらも、自分たちでビジョンを掲げて経営しているからこそ、できることがあります。
リモートでの組織づくりもそうです。
起業当時は、「主婦だから」といろいろ言われたこともありました。でも、主婦であることは変えられないので。
アッティ
そうですよね。
増子 愛
「主婦の寄り集め」でもいい。成果を上げ、業績を伸ばせれば、主婦でもできるんだ、子育てと両立しながらでもできるんだと世に訴えられると思いました。
それを一つひとつ形にできていることに、充実感を感じています。
アッティ
いいですね。もう、主婦なんて関係ないですよね。言葉自体が本当にそうですよね。
先週も言いましたけど、時代がどんどん追いついてきている感覚はありつつ、まだまだ足りないなと思うことも多々あるんじゃないかと思います。
その中で、今の働き方が面白いじゃないですか。全部が自宅でできることも含めてですが、この働き方に対して、仕事として取り組んでいらっしゃることもあるんですか?
増子 愛
ちょうどコロナ禍ぐらいから、リモートワークでの働き方が面白い会社として、登壇の機会をいただくことが多くなって。県内でも講演させていただく機会が増えました。
そこで私自身、「まだまだできていないな」と思ったことがあります。
ウェブ制作やデザインであれば、在宅ワークもしやすいです。一方で、たとえば製造業さんのように、現場のある仕事もあります。そういう仕事に対しては、必ずしもこの方法が解決策になるわけではないと思ったんです。
登壇させてもらいながら、「力になれていない」と悔しさを感じました。
そこで、もう少し他社さんとも関わりながら学びたいと思って。去年、小室 淑恵さんという、ワーク・ライフバランス社の方がされている「ワークライフバランスコンサルタント」の仕組みがあるんですけど、そこに学びに行きました。
大手企業の実績が多いと思われがちですが、中小企業さんもたくさん支援されていて。どういうことをされているのかを学びに行きました。
そこでいろいろな事例を学びつつ、今はモニターになってくださっている製造業さんと一緒に、働き方改革のプロジェクトに取り組ませていただいています。
自社だけでなく、地域の企業様と共に働き方を改善していく。それぞれの企業の強みを引き出しながら、従業員さんがよりやりがいを持って働けるような取り組みを、一緒にしていく。
そこに従業員さんにも入っていただく形で進めていくことを、これから増やしていきたいです。
アッティ
各企業が扱っているものも違いますし、文化や風土も違うはずです。
それに合わせた働き方を作っていくのは、いいかもしれないですよね。
増子 愛
おっしゃる通りだと思います。
富山への想い&オススメ店&リクエスト曲

ふるさと富山について
増子 愛さんは、40歳を過ぎてから立山の美しさに改めて感動するようになりました。
若い頃は富山に戻りたくない思いもありましたが、今は地域に主体的に関わり、次の世代へよりよい富山を渡したいと考えています。
アッティ
全4回のうちの4回目ということで、あっという間に最終回です。少し寂しいところではありますが、お話を伺っていきたいと思います。
前回は、ウエブルを立ち上げて、28名の社員の方が全員出社なしで働いていることや、その中での実績、活動についてお話しいただきました。
皆さんにお聞きしていることなんですが、増子さんは学生時代に東京にも行かれていましたよね。さらに、働かれている方々も6〜7割が県外という話もありました。
そういったことも含めて、ふるさと富山についての思いをお聞かせいただけますか?
増子 愛
40歳になって思うのは、立山が見えた日は、毎日「今日も立山がキレイだな。ラッキーだな」と感じることです。
小さい頃から見慣れていたはずの景色なのに、「なんでこんなに感動するんだろう」と思うくらい、立山を見ながら過ごしています。
ホームページを作っていても、「立山を入れたいんだ」と思うことが結構あって。富山県の会社のホームページが、どんどん立山だらけになっていくというか、なんだかその気持ちがわかるようになってきました。
アッティ
裏目標が(笑)
増子 愛
自分を育ててくれた土地でもありますし、大好きなところではあります。
ただ、若い頃は「戻ってきたくないな」という思いが、やっぱり強かったです。
アッティ
やっぱりね。
増子 愛
はい。子育てとの両立のために、親元を頼って戻ることにはなりました。でも、20代はずっと悶々とした気持ちで過ごしていたなと思い出します。
東京にいたときとのギャップもありました。東京にはいろいろな機会があって、いろいろな人がいる。そういう場所から戻ってきた感覚もあったんです。
ただ、一つきっかけがありました。福岡市の高島市長がいらっしゃるじゃないですか?
アッティ
はい。
増子 愛
その方がおっしゃっていたのが、「地方を変えること」についてでした。
地方は前例主義のところがあるから、福岡市を変えることは、全国の市長さんに事例を届けることなんだ、と。
アッティ
それを広げようとされていますよね。
増子 愛
その話を聞いたことが一つ。
もう一つは、木下 斉さんがいらっしゃるじゃないですか。
アッティ
まちづくりの?
増子 愛
はい。「天神が素敵なのは、天神を素敵にした人たちがいるからで、天神が素敵になってから来る人はどうなの?」というようなお話をされていて。
それを聞いたときに、「私の発想って、受け身だったな」と思ったんです。
人が作ってくれた良い町に引っ越して、そこで機会を享受しようという発想が、どこかにありました。だから「東京に戻りたい」と思ってしまっていたんだなと。
でも、自分が住んでいる地域に対して、主体性を持ってよくしていく。
富山は今もいいところです。ただ、自分の実感としても、それでも出ていきたくなる理由はあるわけですよね。
そこを少しでも減らしながら、富山のいいところを引き出して、次の世代に渡していく。それが自分の役割だなと、最近ようやく思えるようになりました。
アッティ
いいですね。「私がよくしていく」ということですよね。
増子 愛
そういうことですね。
アッティ
まさにそうですよね。
増子 愛
もう、何者だって感じなんですけど(笑)
アッティ
ただ富山を楽しむだけではなくて。
増子 愛
あるものを楽しみつつ、それでも「出ていきたい」と感じる理由があるなら、直せるものもあるはずなので。
そこに切り込んでいきたい気持ちがあります。
お気に入りの飲食店
アッティ
増子さんが大好きな、お気に入りの富山県の飲食店を教えてもらえますか?
増子 愛
私は、デリー根塚店さんが大好きなんです。
アッティ
富山でインドカレーといえば、デリーさんですね。
増子 愛
そうなんです。
アッティ
なぜですか?
増子 愛
小学生の頃から通っているなじみのお店なんです。
ふわふわのナンと、スパイスが効いていて、しかもコクのあるカレーを食べるのが楽しすぎて。
アッティ
お腹が減ってきますね。
増子 愛
家族でも、1ヶ月に1〜2回は行ってしまうんです。
アッティ
本当ですか? 結構行かれていますね。
増子 愛
行かないと、「最近来なかったね。元気してた?」と言われるくらいです。
アッティ
常連中の常連ですね。
増子 愛
インド人の店長のアイさんという方がいらっしゃって、すごくよくしてくださっています。
アイさんいわく、デリーってたくさんあるんですね。日本にも銀座や上野などにあります。
でも、「うちのデリーは僕の実家の味だから、おいしいんだ」とおっしゃるんです。
アッティ
実家の味なんだ。
増子 愛
インドには家ごとの味があって、「うちの味なんだ」と。「アイさんの家の味なんだ」ということなんです。
アッティ
フランチャイズでみんな同じ味ではなくて、ここはここの家の味だと。
増子 愛
そうです。「工夫しているからね」と言われました。
上野まで食べに行ったこともあるんですけど、やっぱり味が違うんです。
スパイスの雰囲気など、踏襲しているものは確かにあるんですが、根塚店の味があるので、違います。
アッティ
いいですね。なんだか行きたくなってきました。
増子 愛
ぜひぜひ。
リクエスト曲
アッティ
リクエスト曲を1曲いただきたいんですが、大好きな曲を教えていただけますか?
増子 愛
Superflyの「Beautiful」をぜひお願いしたいです。
アッティ
なぜ、この曲なんでしょうか?
増子 愛
ポップスって恋愛の歌も多いと思うんですけど、この歌は「自分を信じて歩んでいく」という歌なんです。
アッティ
なるほど。
増子 愛
「私を信じていくんだ」という感じがあって。
私は小さい頃、結構自信のない子だったんです。
でも、生きていく中で、自分が周りと一緒になって何かを実現していくときに、自信ってすごく大事なことだなと思うことが増えて。
最近、少しずつ「自分だからできることを世に発揮していくんだ」と思えるようになってきました。そのときに、この歌がすごく刺さったんです。
ふと流れているのを聞いたときに、「いいな」と思って。最近はYouTubeで100回ぐらいリピートしていました。
アッティ
すごい、聴きすぎ(笑)
増子 愛
パワーが湧いてくるので、ぜひ流していただきたいです。
アッティ
わかりました。
それでは、増子さんのリクエスト曲で、Superflyの「Beautiful」です。
これからの夢や目標について
増子 愛さんの目標は、ウエブルのメンバーを100人にすることです。
リモートやフレックスだからこそ力を発揮できる人を増やし、AI活用支援や働き方改革を通じて、誰もが挑戦できる環境づくりを目指しています。
アッティ
最後の最後になりますけれども、増子さんのこれからの夢や目標についてお聞かせいただけますでしょうか?
増子 愛
まず、ウエブルに関しての目標は、メンバーを100人にすることです。
アッティ
いい野望ですね。
増子 愛
100人というと、ちょっと野望っぽいですよね。
ある会社からすると「100人でもまだ小さいよ」と言われるかもしれませんが、私たちにとっては中間地点のような目標です。
なぜ100人なのかというと、100人は一つの目安ではあります。必ずしも、規模の拡大そのものが目的ではありません。
ただ、フレックスやリモートワークだからこそ力を発揮して働ける人がいるのであれば、そこで働ける人を増やすことは、私たちの使命の一つだと思っています。
今、ウェブやシステムに加えて、AIというものが出てきています。企業さんがいかにAIを味方につけて変革していくかという過渡期で、皆さん不安に思われているところもあると思うんです。
そこに対して、私たちもいち早くスキルを学習し続け、実践を始めています。
ウェブ制作やシステム開発に加えて、AIの活用を企業さんに提供していきたい。それを支援できる人を増やすことも、使命の一つだと思っています。
アッティ
いいですね。
増子 愛
AIで効率化して人を減らす、という議論もあります。でも、効率化できた部分は、より付加価値の高いところにシフトしていく。
そのためにも、活躍できる人を増やしていくことを目標にしています。
アッティ
なるほど。
増子 愛
また、本当に個人的な小さな目標としては、ドラムを上達させたいです。
アッティ
ドラムをやっていらっしゃるんですか!?
増子 愛
そうなんです。
アッティ
すごい! それはいつ頃やっていらっしゃったんですか?
増子 愛
学生時代にやっていました。
子どもを身ごもって、泣く泣く引退というか、始めて1年ぐらいしか経っていなかったんですが、やめることになりました。
アッティ
でも、1年はやっていたんですね。
増子 愛
1年はやっていました。当時はLUNA SEAやL’Arc〜en〜Cielをやっていたんです。
最近になって、地元の商工会議所青年部の軽音楽同好会で、下手くそながら叩かせていただく機会がありました。でも、下手くそで悔しいなと思って。
すごく初心に帰るんですけど、やっぱり楽しいんですよね。
アッティ
ドラムって、家ではなかなかできないじゃないですか。どういう練習をされているんですか?
増子 愛
スタジオに行って叩くか、実家の一室に電子ドラムを置かせてもらっています。
消音マットを敷いて、スピーカーで聞きながら練習しています。
アッティ
スピーカーで聞きながら練習しているんですね。
その夢もいいですね。ドラマーとしての夢をもう一つ作ってもいいかもしれない。
増子 愛
ツインペダルを上達させて、ツーバスを叩くことも目標に頑張りたいです。
アッティ
面白いですね。ありがとうございます。
こうやって「女性」と分ける必要はないんですけど、現状としては、女性のリーダーはまだ少ないじゃないですか。
その中で増子さんは、スタートアップとしてウエブルを立ち上げ、28名の会社を作られました。
しかも、ほかにはなかなかない働き方で仕事をしている。ある意味、ベンチマークになるようなリーダーでもあると思います。
そこに対する自覚や、今後についてはどうですか?
増子 愛
よく「女性がリーダーになりたがらない」という話があります。ただ、旧来的な形であれば、出世できないと思っている人が多いのではないかと思うんです。
マネージャーになるほど長時間労働になり、子育てと両立しにくくなる。
昔は、家庭のことをすべてやってくれる専業主婦の方がいて、男性が長時間労働をしながら出世していく、という形がありました。
最近は少しずつ減ってきましたが、まだ残っているところもあります。性別的役割分業のようなものが、無意識の配慮として動いてしまうこともあります。
たとえば、「子育て中だから出張は免除してあげようか」という配慮です。
本当は打診すれば行けるかもしれないのに、そうした小さな配慮が繰り返されることで、女性がリーダーポジションまで上がりにくくなる。特に組織の中では、そういうことが起こりがちだと思います。
先ほど働き方改革についてお話ししたのも、女性の子育てに配慮するためだけの働き方改革ではありません。男女ともに子育てをする人が多くなっていく中で、定時の中でもマネジメントができるようにしていく。
それには、生産性の向上も伴わせなければいけません。
企業の生産性向上や収益向上も伴わせながら働き方改革を進め、女性も出世できるようになっていく。そうなれば、女性リーダーは増えると思うんです。
アッティ
ですよね。
増子 愛
多様性を担保すると、企業にイノベーションが起こるといわれています。
男性だけで意思決定するのではなく、女性も意思決定に加わっていく。その中で、消費者に対して新しいサービスが生まれるかもしれません。働き手も確保できると思います。
そういった好循環を生み出していく一助になれないかな、と思っています。
アッティ
ありがとうございます。
全4回にわたって、増子さんからお話を伺いました。お話を聞いていて、ウェブ制作としての実績もそうですし、今後も楽しみだなと感じました。
そして、出社なし、自宅で働けるという働き方も、大きな変革の一つだと思います。そのトップリーダーとしての姿を見せていただきました。
そのバックボーンにあるのは、幼少期からの興味や、大学時代にお子さんを授かった経験など、本当に全部がつながっているんだなと感じながらお話を聞いていました。
これから、ますますのご活躍を期待しております。
今月のゲストは、株式会社ウエブル代表取締役CEOの増子 愛さんでした。増子さん、ありがとうございました。
増子 愛
ありがとうございました。
アッティ
この番組のこれまでの放送は、radikoの番組ページからポッドキャストでお聴きいただけます。
また、YouTube版も公開していますので、ぜひあわせてご覧ください。
お風呂の中でのぼせてまいりましたので、そろそろあがらせていただきます。アッティでした。
