【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー

【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー

こんにちは、アッティです。
アッティの熱湯とやま人」は、富山のために熱い気持ちを持って頑張る人の本音に迫る番組!

今回のゲストは、女将アナウンサーの青木 栄美子 (あおき えみこ) さんです。※2025年2月現在

氷見市の「民宿あおまさ」の女将と、フリーアナウンサーの二刀流で大活躍の青木さんに熱く迫っていきます!

民宿あおまさのInstagram

この記事は、FMとやま 金曜17:15~17:25放送のラジオ「アッティの熱湯とやま人」の編集前データを、ほぼノーカットでまとめたものです。

放送では流れなかった裏話も含め、お楽しみください。

目次

民宿あおまさの女将になるまで

【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー。テーマ1

青木栄美子さんの紹介と挨拶

要約

臨時パーソナリティの「セイセイ」に代わり、海外出張から戻ったアッティが番組に復帰。

ゲストはフリーアナウンサーで、氷見市の「民宿あおまさ」の女将も務めている青木栄美子さんです。

アッティ
青木さん、どうぞよろしくお願いします。

青木栄美子さん
よろしくお願いします。フリーアナウンサーの青木栄美子です。

氷見市で民宿をやっておりまして、そのあたりも後でゆっくりとお話できたらと思っています。

アッティ
そうですね。全4回の放送で、たっぷりとお話を聞いていきたいと思います。

ちょっと私事になるんですけども、先月、海外出張の関係で初めて1ヶ月間ほどお休みをいただき、パーソナリティを「セイセイ」に務めていただきました。

セイセイは初めてのパーソナリティで、すごい緊張してたみたいなのですが、皆さん聞かれていかがでしたか?

「アッティよりよっぽどマシだ」って声もあったということなんですけども…(笑)

青木栄美子さん
ちょっと、悲しいですね…(笑)

アッティ
「もう一回、気合を入れなおしてやらないとな」と思いながら今回来ておりますので、どうぞよろしくお願いします!

私は、アナウンサーとしての青木さんをテレビでよくお見かけしてたんですけども、まさかそれだけじゃなく「民宿あおまさ」の女将もやってるということで、びっくりしちゃいました。

そういう話もたっぷり聞きたいと思います。

もう一方で、氷見は2024年に起きた能登地震の影響がかなり大きかったということで、そのお話も全4回の中で「たっぷりと聞かせていただきたいな」と思っております。 どうぞよろしくお願いします。

青木栄美子さん
お願いします。

幼少期のエピソード

要約

青木栄美子さんは氷見市の民宿の孫娘として、地域の人々から「民宿あおまささんのお孫さん」と呼ばれ、親しまれて育ちます。

当時の民宿はお客と宿の距離が近く、ホットプレートを持参して焼肉をするなど、今より自由な雰囲気でした。

アッティ
青木さんのことを少しずつ知っていくために、まず幼少期のお話を聞いていきたいなと思います。

幼少期の頃はどんな子だったんですか?

青木栄美子さん
私は富山県氷見市に生まれ、民宿をやっていた祖父母の孫娘として「民宿あおまささんのお孫さん」と呼ばれて、地域の方からかわいがっていただきながら育ちました。

アッティ
そうすると、昔から「いつも民宿にいる」みたいな感じだったんですか?

青木栄美子さん
そうですそうです。宿のお客様が話しかけてくださっていました。

昔は、今よりもお客様と宿の人の距離がすごく近かったんですよね。

アッティ
わかる気がします。

青木栄美子さん
昔はお客さんがホットプレートを持ってきて焼肉をするなど、結構自由な感じで楽しんでましたね。

民宿あおまさの歴史と役割

要約

青木栄美子さんの祖父が創業した民宿「あおまさ」は、創業51年。

氷見では民宿が還暦祝いや新年会、自治会の集まりなど冠婚葬祭の場として定着しています。

青木さんは幼少期から様々な価値観を持つ大人と交流できる環境で育ち、それが貴重な成長の機会となりました。

アッティ
民宿「あおまさ」は、創業されてから何年経つんですか?

青木栄美子さん
祖父が民宿「あおまさ」を始めた時が50年前なので、創業51年ですね。

アッティ
歴史がありますね。

青木栄美子さん
そうなんです。

アッティ
お住まいも民宿だったのですか?

青木栄美子さん
住まいは別のところで、民宿から道を挟んだ向かいです。

氷見という地域では、民宿が身近な存在で。例えば還暦のお祝いや、新年会忘年会、歓送迎会なども居酒屋やホテルじゃなくて全部民宿でするんですよ。

「冠婚葬祭をみんなで民宿で行う」というのが地域の文化なので、本当に民宿が多いんです。

アッティ
「泊まるだけじゃなく」というところなんですね。

青木栄美子さん
そうなんです。

アッティ
パーティーなど、様々なことも行われてたわけですよね?

青木栄美子さん
自治会のお疲れ様会や、草刈りのお疲れ様会など「みんなが集まる場所」として多くの方に来ていただいて。

私にとっても地域の方と繋がれる場所で、今でも「あおまさの娘さん」と声をかけていただいて、本当に幸せな幼少時代を過ごしたと思っています。

アッティ
その経験はどのように活きているものですか?

青木栄美子さん
様々な価値観をもっておられる大人と話をさせていただくことは、やっぱり「すごく貴重な経験だな」と思うんですよね。

小さい頃は、友達や、自分の親や、先生以外の人とゆっくり話すことがあまりなかったので、そういう意味では「すごく成長させていただいたな」と思います。

学生時代のエピソード

要約

学生時代の青木栄美子さんは、海辺で遊ぶやんちゃな少女でした。

中学時代には、ファッション誌のモデルに憧れて応募するも落選。その経験から「人前に出るには一芸が必要」と気づき、アナウンス技術を学び始めます。

大学では民宿の家系を意識して観光を専攻し、女将論を学びつつ、テレビに出ていた先輩に憧れてアナウンサーの道を目指しました。

アッティ
孫娘として育って、それから学校に行くようになって、どんな感じだったんですか?

青木栄美子さん
すごく活発で、毎日虫を取ってきたり魚をとってきたり、ずっと外で遊んでいて真っ黒に日焼けしているような子どもでした。

アッティ
やはり活動エリアは、海の近くだったんですか?

青木栄美子さん
そうですそうです。

海岸沿いで網を持って魚を捕まえたりとか、虫を捕まえてきたりとかで、本当にやんちゃ女子でしたね。

アッティ
まだ小学生か中学生ぐらいですよね。

その頃に何か、例えば夢とか目標みたいなものはあったのですか?

青木栄美子さん
ありました。

当時、中高生向けの「Seventeen (セブンティーン)」というファッション雑誌があったんですよね。

田舎で育ったものですから、それを見て「私もこんなふうに都会的なおしゃれな格好をしてみたい!」と思って憧れていました。

昔から「可愛い可愛い」と言われて育ったものですから、自分でも「モデルになれるんじゃないか」と思って…

アッティ
モデルが目標の一つだったんですね。

青木栄美子さん
はい。「なりたいな」と思って、写真を撮ってもらい (編集部に) 送ったんですよ。

アッティ
送ったんですか!?

青木栄美子さん
送りました。

奇跡的に面接までいったんですが、落ちてしまって…

アッティ
中学生の頃ですか?

青木栄美子さん
そうです。

でも自分の中で納得がいかなくて「どうして落ちたんですか?」と (編集部に) 聞いたんですよね。

アッティ
相手に聞いたんですか!?

青木栄美子さん
聞いたんです。

アッティ
教えてくれてくれました?

青木栄美子さん
私のためを思ってくださって「あなたぐらいの容姿の子は、掃いて捨てるほどいる」と、厳しいお言葉をいただきました。

でも、そこですごく納得したんです。思えば、横に並んだ子たちは、本当にもう「世界が違う」というか、足の長さとか、造形がものすごく違うんですよ。

人前に出るには「何か一芸を身につけないといけない、努力しないといけない」ってことを、そこで気づかせていただきました。

それでアナウンススクールに通わせてもらって、言葉のトレーニングをして、喋る技術を勉強するようになったんです。

アッティ
その時は「アナウンサーになりたい」というわけではなく、「何か身につけるために」ということだったんですか?

青木栄美子さん
はい。人前に出る仕事に憧れがありましたが、そのためには「勉強しなければいけない」と思って、当時あったローカルタレントの事務所に入れていただいたんです。

アッティ
東京ですか? ローカルだから富山?

青木栄美子さん
富山にある事務所に入れていただいて、そこで勉強していました。

アッティ
なるほどなるほど。そういう勉強をしながら、大学にも行かれてたんですね。

青木栄美子さん
そうですね。

アッティ
タレントやアナウンサー関係のところですか?

青木栄美子さん
大学は富山県内の「富山国際大学」で、観光について勉強していました。

アッティ
観光なんですね。

青木栄美子さん
何となく、やっぱり実家が民宿というのもあったので。

アッティ
そっかそっか。

青木栄美子さん
「観光について知りたいな」と思って、そこで勉強させてもらってました。

アッティ
今から振り返ると、全部繋がってますね!

青木栄美子さん
そうですね。

アッティ
全部が活きている感じがしますよね。

青木栄美子さん
「自分と繋がりのあることを学びたいな」と思って、色々勉強させてもらいました。

特に面白いなと思ったのが「女将論 (おかみろん)」という授業です。

アッティ
女将論! めちゃくちゃ面白いじゃないですか!

青木栄美子さん
「宇奈月温泉の女将から直接お話を聞く」という授業がありまして、めちゃくちゃ面白かったんですよ。

アッティ
女将論を聞いてすごい響くってことは、やっぱり「女将を目指そう」って気持ちも少しはあったんですか?

青木栄美子さん
その時は「絶対に女将になろう」って想いがあったわけではなく、「自分の選択肢の中にあるかな」というぐらいだったんです。

でも自分と関わりのある分野なので「面白い」って思っていた部分がありますね。

ちょうど大学生の時、テレビで活躍する事務所の先輩がすごく素敵な方たちで。

普段の立ち振る舞いや、テレビに出ている姿がすごく素敵で、そこに憧れて「アナウンサーになりたい」と思うようになりました。

アッティ
その頃は女将は少し置いておいて、「アナウンサーになりたい!」と。

青木栄美子さん
「アナウンサーになりたい!」と思って、必死に就職活動をしていました。

アナウンサーを目指した就活時代

要約

青木栄美子さんは大学時代、アナウンサー志望に絞って就職活動を展開します。

アナウンサーの就職活動は狭き門で、東京のキー局から始まり、準キー局、地方局へと順に採用が進む中、最後まで進路が決まらず苦戦。

大学4年の12月にギリギリでNHK富山放送局への就職が決まり、念願のアナウンサーとしてのスタートを切りました。

アッティ
大学のときに、ずっとアナウンサーの就職活動をしていたんですか?

青木栄美子さん
はい。アナウンサーの就職活動って本当に狭き門で、すごく厳しくて。

アナウンサーになりたい人はみんな、大学に入ったときから準備をしてるんですよね。

アッティ
なるほど。

青木栄美子さん
私も大変苦労しまして、大学4年生の12月まで進路が決まらなかったんです。

アッティ
12月ってなかなかですね。

青木栄美子さん
本当にギリギリのところでNHK富山放送局に入れていただいて。

周りの人たちもみんな「本当によかったね」と言ってくださいました。

アッティ
完全にアナウンサーに絞っていたんですか?

青木栄美子さん
そうですね。

アッティ
それはやっぱり富山だけじゃなくて、全国も含めて狙ってたんですか?

青木栄美子さん
最初は「全国放送キー局」といわれる、東京の放送局から採用が始まって、だんだん準キー局の、例えば大阪や名古屋などの採用が始まって、最後に地方の富山や石川の採用が始まるんです。

でも、だんだん追い詰められていくような感覚で、本当に大変でした。

アッティ
そういうものなんですね。

最初はNHKの富山だったんですね。

青木栄美子さん
そうですね。

アッティ
わかりました、ありがとうございます。

あっという間に1回が終了になるんですが、次回はアナウンサー時代のことについてたっぷりとお話を聞いていきたいと思います。

アナウンサー時代の活動

【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー。テーマ2

NHK富山放送局での経験

要約

青木栄美子さんは、NHK富山放送局に入局後「言葉の説得力には経験と知識が不可欠」と実感します。

地方局ならではの取材から編集までの一貫した業務を担当し、生活情報番組を中心に活動。

観光学部での学びを活かしつつ、富山の魅力を深く知るために積極的に県内各地を取材しました。

アッティ
1回目は、幼少期から活発な学生時代を経て、そしてアナウンサーを目指すところまでのお話を聞かせていただきました。

就職活動では、ずっとアナウンサーを目指しながら動いていき、NHK富山局に入られたということで、今回はアナウンサーの時代についてお話を聞いていきたいなと思います。

アナウンサーをされるというのはどういうことなのか、私もいまいちわかってないことが沢山あるんですよね。

まず、NHKの富山放送局に入ってみてどうだったんでしょうか?

青木栄美子さん
NHKに入局して、圧倒的に自分の未熟さを感じました。

まず、自分自身に経験や知識がないと、言葉って説得力がないじゃないですか? だから、まずは「多くのことを経験しよう!」と思うようになりました。

アッティ
そうですよね、確かに確かに。

青木栄美子さん
仕事をする中で、富山県内の様々なところに取材に行かせていただいたり、撮影でお伺いしたりする中で、すごく成長させてもらったなと思います。

東京の放送局だと、「伝える人」と「記者」は完全に分業になるんですよね。ローカル局だと、取材や編集までやらせてもらえるんです。

アッティ
編集まで携わるんですね。

青木栄美子さん
取材対象の方からお話を聞いて、企画を作って編集して出すまで、全てを自分で担当できるという嬉しさというか、「作る喜びをすごく感じてたな」と思います。

アッティ
私のイメージでは、アナウンサーって「スタジオに座って、出てきた原稿を読んでる」みたいなイメージがあったんですけど、「原稿を読む前後を全部やってらっしゃるパターンがある」ということなんですね。

青木栄美子さん
おっしゃる通りです。

やっぱり「伝える」というのは一番大事な仕事ではあるんです。でも、その前後の部分で、自分が見て、聞いて、感じたことをお伝えするというのは、ただ何となく読むだけじゃなくて「生きた言葉になる」と感じました。

そのときに「上手に読むのと、自分の経験として話すのは違っていて、熱を持った言葉になるな」とすごく思いましたね。

アッティ
勝手なイメージだと、キー局だと、例えばスポーツ担当の人、天気担当の人、ニュース担当の人がいらっしゃるじゃないですか?

青木さんの担当は、何だったんですか?

青木栄美子さん
私は、生活情報をメインにさせていただいてました。

柔らかい話題というか、例えば、旬の食材や、旅もの、その地方の観光の魅力を体感して伝えていましたね。

アッティ
勉強が活きてますね。

青木栄美子さん
そうしようと思って観光を学んだわけではないんですけど、大学の勉強が富山の魅力を知ることに繋がりました。

自分に知識がある中で伝えることができたというのは、すごくよかったなと思います。

アッティ
最初に言われた「経験がないと伝えるのが難しい」というのは、まさにそこだったんでしょうね。

青木栄美子さん
そうかもしれません。

アッティ
仕事をしながらも、様々な経験を積んでいくことを前向きに努力されたということですかね?

青木栄美子さん
おっしゃる通りです。

「富山に住んでいても、アンテナを張っていないと知らないことってたくさんあるんだな」と思いました。

私は立山の室堂にも「小学生のときに一度行ったかな」ぐらいで、ほとんど行ったことがなかったんですよ。

黒部峡谷や利賀村の合掌造り集落なんかも「アンテナを張って自分で経験しようと思わないと、なかなか知ることができないんだな」と思いました。

地元の食も「この時期の寒ブリが美味しい」「新湊のカニが美味しい」というのは、若いうちはなかなか経験したことがなかったので、「味や、どんなふうに作られているのか、どんなふうに獲られているのかを経験して知ろうとすることが大事だな」と。

アッティ
そうすると、それまでずっと富山にいらっしゃったということですよね?

青木栄美子さん
はい。

アッティ
ずっと富山にいても「知らないことだらけだった」みたいに感じたんですか?

青木栄美子さん
ずっと富山にいても、アンテナを張って「今、何がどういうふうに良いのか、楽しいのか」などを知ろうとしなければ、知ることができないと思いました。

「たくさん知ろう」と思って勉強してますが、「それでもやっぱりまだまだ足りないな」と。

アッティ
富山はいいところだらけですもんね!

青木栄美子さん
はい。

民放での活動

要約

NHKは受信料で運営される公共放送で、視聴者が納得できる内容を重視する一方、民放はスポンサーからの収入で運営されるので、CMと高視聴率を意識した番組作りをしています。

そのため民放は、企業として新しいコンテンツを常に生み出す必要があり、仕事量も多く、スピード感が異なります。

青木栄美子さんは、地方局でアナウンサーと報道記者を兼任するなど、幅広い業務を担当していました。

アッティ
NHKは「国営放送」ですから、やっぱりものすごくお堅いイメージがあるんですけれども、民放でも働かれた経験がある中で、その差ってやっぱりありましたか?

青木栄美子さん
NHKは公共放送で、視聴者の皆さんから受信料をいただいて放送しています。だから、皆さんが納得するものを作らなきゃいけないって性格があるんですね。

一方で、民放はスポンサー企業からお金をいただいて、CMを作って、そのCMを多くの方に見てもらえるような番組を作っています。

「視聴者に放送を作って届ける」という点では同じなんですけれども、全然性格が違うというのは、入社してから思いました。

やっぱり民法は企業ですので、どんどん新しいものを制作していかなきゃいけない。仕事の物量がすごく多いんですよね。

アッティ
スピード感も全然違う感じがしますよね。

青木栄美子さん
全然違いましたね。たくさんお仕事をいただけるというのはすごくありがたいことで、経験を積めますし、出演する機会をいただけるというのはアナウンサーとして嬉しいことでもあります。

そこでは、スピード感を持って仕事することを学ばせていただきました。

富山テレビでは、アナウンサー兼報道記者としてお仕事をさせてもらっていたのですが、やっぱり知識がないと書けないので、自分の知識の足りないところを補うために本当にたくさん勉強してました。

アッティ
ちょっと変な言い方ですけど、経験がないとなかなかできないという意味で、富山テレビのときの方がよりレベルの高い仕事を任されたって感じなんですかね?

青木栄美子さん
「伝えるだけ」や「制作だけ」ではなくて、「原稿を書いて記者として伝えるということ」や「自分がしゃべらなくても、他のアナウンサーが読む原稿を書かせていただくということ」などもさせていただきました。

レベルの高い低いは置いておいて、幅のある仕事をたくさんさせていただきましたね。

フリーアナウンサーとしての活動

要約

青木栄美子さんは、NHKと富山テレビの経験を活かし、フリーアナウンサーとして活動中です。

フリーアナウンサーになってからは、テレビ出演、イベント司会、CMナレーションなど活動の幅を広げ、放送局での企画・編集経験を活かしてSNSでの動画発信も行っています。

フリーランスとして自由に活動できる一方で、発言に対する責任をより強く意識するようになりました。

アッティ
NHKと富山テレビの両方を経験されて、今フリーアナウンサーでいらっしゃいますよね。

NHKと民放での経験は今の活動にも当然活きていると思うんですけども、フリーアナウンサーとしてはどのような活動をされたんですか?

青木栄美子さん
テレビの出演のほか、イベントで司会に呼んでいただいたり、CMのナレーションをさせていただいたり、本当に仕事の幅が広がったなと思います。

「自分で動画を作ってSNSで発信する」ということもできるようになりました。

放送局で「企画を作って編集して出す」という経験をさせてもらっていたからこそ、できるようになったことだと思います。

アッティ
フリーになってみて、特に気をつけてることって何かありますか?

青木栄美子さん
自由に活動できる分、言葉一つ一つに自分が責任を負わなきゃいけないんですよね。

当たり前ですけど、誰かに迷惑をかけることには一層気をつけるようになりました。

民宿あおまさ継承のきっかけ

要約

青木栄美子さんが民宿あおまさを継ぐことを決めたのは、結婚がきっかけでした。

コロナ禍で祖父母が民宿閉鎖を考えていたとき、当時富山県警の刑事だった夫が「2人で経営しよう」と提案。

一人では躊躇していた青木さんでしたが、夫が警察官を辞めてまで協力してくれることになり、共に民宿経営を始めることを決意しました。

アッティ
NHK、民放、今はフリーとしてアナウンサーを続けていらっしゃいますが、そこからいよいよ民宿に入っていくんですよね。

「民宿に戻られた」という言い方はおかしいんですけど、なぜ民宿を継ごうとされたんですか?

青木栄美子さん
ちょうど民宿を継ぐちょっと前に、夫と結婚しまして。

アッティ
おめでとうございます!

青木栄美子さん
夫は当時、富山県警で刑事をしていたんですが、結婚するときに、ちょうど私のおじいちゃんおばあちゃんが「もう民宿をやめようか」という話をしていたんです。

それは、おじいちゃんおばあちゃんの引退の話があったのと、やっぱりコロナ禍がしんどかったからなんですよね。

それで「もう民宿を畳もうか」という話が出たときに、夫が「もったいないから、やってみないか」と言ってくれて。

アッティ
警察官!いいですね!

青木栄美子さん
「2人だったら楽しくできるんじゃないか」と言ってくれて、そこで「そんなふうに言ってくれるんだったら、ぜひお願いします!」ということになりました。

アッティ
青木さん自身も何かきっかけがあれば、「民宿の経営に携わりたいし、継ぎたい」という気持ちは芽生えてたんですかね?

青木栄美子さん
そうですね。ただ、やっぱり1人で家族の宿を背負ってやっていくという、そこまでの覚悟はなかったですね。

アッティ
そうですよね。

青木栄美子さん
夫が「民宿をやろう」と言ってくれなかったらやってなかったと思いますし、夫自身の人生もあるから「そこまで迷惑はかけられない」と思っていたんです。

でも「やろう!」って言ってくれて、そこで「じゃあ2人でやっていこうか!」ということで、夫は警察官を辞めて民宿経営をやってくれることになりました。

アッティ
宿をやるために警察官を辞めたんですね。

青木栄美子さん
そうです。

アッティ
すごい!

青木栄美子さん
本当にうちの家族は、夫に頭が上がらないという感じです。

アッティ
写真を見ていると、優しそうな旦那さんですもんね。

青木栄美子さん
もう本当に良い旦那です。

アッティ
その話はまた次回ということで。今回はアナウンサー時代のことについてお話をいただきました。

次回は、民宿あおまさの女将になってからのお話を聞いていきたいと思います。

民宿あおまさの取り組み

【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー。テーマ3

夫との出会い

要約

アナウンサーだった青木栄美子さんは、警察官だったご主人との出会いがきっかけで人生が大きく変わります。

民宿「あおまさ」の存続が危ぶまれていたとき「一緒にやろう」と、ご主人から継業の申し出がありました。

この一言で、青木栄美子さんは一気に心の負担が軽くなり、民宿の継承を決意します。

アッティ
前回はアナウンサー時代のことについてお話をいただき、そこから「なぜ民宿を継ごうとしたか」そんなお話もいただきました。

青木さんのおじいちゃんおばあちゃんが「民宿あおまさを閉じようと思った」という話をしたときに、警察官だった旦那さんが「じゃあ俺がやるよ」と言ってくれて継ぐことになったと。

今日はそこを「より深掘りしていきたいな」と思いますので、どうぞよろしくお願いします。

青木栄美子さん
お願いします。

アッティ
ご主人が警察官だったということで、まずはご主人との出会いをお聞きしたいと思います。

ご主人も富山の方なんですよね?

青木栄美子さん
はい。近所の3つ上の方で、家は車で5分くらいの距離です。

アッティ
そんなに近いんですか!?

昔から知っていらっしゃったんですか?

青木栄美子さん
昔から知ってたわけではないんです。

フリーアナウンサーの時代にしていた動画制作の仕事のお客様が、夫の同級生だったんですよ。

アッティ
ちょっと遠いですね。

青木栄美子さん
遠いですよね。お客さんと意気投合して一緒に食事をしていたら「もうちょっと人を呼ぼうよ」となって、たまたまフラッと来たのが夫でだったんです。

夫は「日産PAO (パオ)」っていう、おもちゃみたいでレトロなかわいい車に乗って来てて、「めちゃくちゃかわいいですね、この車にいつか乗せてくださいね」と言ったのがきっかけで仲良くなりました。

アッティ
そっかそっか、それで仲良くなったんですね。

でも、警察官のご主人は、民宿の経験って全くないですよね?

青木栄美子さん
はい。

アッティ
よくそれを決意されましたね。

青木栄美子さん
本当にそうだと思います。

ありがたいというか、もう、うちの家族は主人に頭が上がらないんですよね。

アッティ
青木さんの中では、ご主人と結婚せずとも「民宿を継ごうかな」と思っていたんですか?

青木栄美子さん
全く思っていなかったですね。

自分が家族を背負って1人で宿を営む覚悟は、ちょっとできなかったです。

アッティ
昔から知ってらっしゃるだけに、なおさら「継ぐ重さ」がわかるんでしょうね。

青木栄美子さん
「絶対自分1人ではできない」って思っていたんです。

でもそのときに夫が「一緒にやろう」と言ってくれたことで、「自分の実家の民宿がなくなってしまう」という罪悪感から解き放たれて、心が軽くなったような気がしました。

アッティ
なるほど。

青木栄美子さん
本当に「良い人と結婚したな」と思っています。

海が見えるサウナ

要約

民宿では、料理・予約・掃除など、全ての業務を青木栄美子さんの家族とアルバイトスタッフで担当しています。

新しい取り組みとして、サウナ好きの夫のこだわりを活かしたサウナを設置。宿泊客だけでなく、日中は日帰り客も受け入れ可能です。

サウナは海が見えるガラス張りのつくりで、特に冬の朝には立山連峰越しの日の出や気嵐が見える「日の出サウナ」が人気を集めています。

アッティ
ご主人と青木さんの民宿の仕事って、どんなことをされているんですか?

青木栄美子さん
料理作りや、予約の受付、掃除、接客など、本当に1から10まで全部が仕事ですね。

5部屋しかない家族経営の小さな宿なので、それを自分たち家族と、一緒に働いてくれているアルバイトの皆さんとでやっています。

アッティ
FacebookやSNSで載せられているサウナや海辺の遊びのような新しい取り組みは、お二人で考えていらっしゃるんですか?

青木栄美子さん
これは完全に夫の好みですね。

アッティ
いいですね。

青木栄美子さん
「代替わりをするんだったら、新しいことをやった方がいいよね」という話になって、夫が三度の飯よりサウナが好きで。

アッティ
だからサウナなんですね!

青木栄美子さん
暇さえあればサウナに行ってたんですよ。

それで「自分の好きなことをやった方が熱を持って伝えられる」と思ったので、「じゃあサウナ置いてみたら?」って。

そしたら夫は「えっ! いいの!?」って。

アッティ
ご主人はテンション上がりますよね。

青木栄美子さん
本当に。

アッティさんにもぜひ入っていただきたいです! アツアツですよ!

アッティ
行きたいですね! お邪魔しますサウナに。

青木栄美子さん
海のそばにある立地を活かして、海を眺めながらサウナに入れるようにガラス張りにしたんですよ。

アッティ
いいですね。

青木栄美子さん
ストーブ1台じゃ温度が上がらないからストーブを2台設置したり、入口を小さくして熱が逃げないようにしたりなど、主人の「サウナーとしてのこだわり」がギュッと詰まっています。

サウナ併設で、「泊まりに来た方は無料でサウナに入れますよ」っていうのを売りにしているんです。

アッティ
サウナは泊まった方専用なんですよね?

青木栄美子さん
日中は、日帰りサウナも2時間半でお貸ししています。

ただ、富山湾と立山連峰と朝日が見られる「日の出サウナ」は、泊まった方だけができる体験になっていて。

サウナーの方に非常に喜んでいただいてます。

アッティ
今年の冬は良い天気の日が多いので、めちゃくちゃ景色がキレイでしょうね。

青木栄美子さん
冬の晴れた日には「気嵐 (けあらし)」が見えるので、めちゃくちゃ景色がいいんですよ。

気嵐:
海や川などの水面から出る水蒸気が冷やされることによって発生する蒸気霧。冬に現れる現象で、俳句などの冬の季語としても使われる。

アッティ
いや~ワクワクします。いいですね!

青木栄美子さん
ただ気嵐を見るだけだと寒いんですけど、サウナに入りながらだと体も温まるし、「美しい景色を見ながら整える」というのが好評で。

アッティ
青木さんも入るんですか?

青木栄美子さん
はい、たまに入らせてもらってますね。

アッティ
なるほど。ご主人は、もしかして毎日入ってるんですか?

青木栄美子さん
いえ、さすがに毎日は…(笑)

アッティ
お客さんもいらっしゃるからね。

青木栄美子さん
ただ、忙しい中でも、隙があれば入っていますね。

料理のリニューアル

要約

民宿あおまさでは、代替わりを機に地元の魚を使った料理のリニューアルを行いました。

青木栄美子さんも夫と一緒に調理を担当していますが経験が浅いため、青木さんのお父さんも板前として加わり、3人で料理を提供しています。

アッティ
民宿というと、料理も大事ですよね。料理はどうされてるものなんですか?

青木栄美子さん
代替わりをしてから料理をリニューアルしまして、「これまで以上に、地元のお魚をお客さんに味わっていただきたい」と、よりいっそう心がけていくようになりました。

アッティ
お二人で作ってらっしゃるんですか?

青木栄美子さん
私も主人も料理をしていますが、まだ経験が浅いので、父が板前として一緒にやってくれています。

父に教わりながら、一生懸命勉強してるところなんですよ。

アッティ
いいですね、すごく楽しみになってまいりました。

能登地震の影響と復興

要約

2024年の能登地震で、氷見の多くの民宿や建物が物理的な被害を受けましたが、民宿あおまさは大きな損傷をまぬがれ、1週間後には営業再開できました。

しかし、1〜2月は観光客が激減。厳しい状況でしたが、ボランティアの方々の宿泊で助けられました。

現在も地域には未修復の被害が残っていますが、地元の人々に活気が戻りつつあり、復興への希望が見えてきています。

アッティ
2024年に能登で大きな地震がありましたが、民宿のある氷見でも、やっぱり大きな影響がありましたか?

青木栄美子さん
地震で建物に物理的なダメージがあった民宿もたくさんありました。

うちは幸い、大きく傾くなどの損傷はなかったんですけど、氷見の観光業をやってらっしゃる方、お宿や飲食店などをやってらっしゃる方は、本当につらい年だったと思います。

特に1〜2月は、観光にいらっしゃる方がほとんどいなくて…

あとは、やっぱりみんな「外食しよう」とか「みんなでワイワイしよう」って気にもなれなかったんですよ。

誰も悪くないんですけど、1〜2月はお客さんがいない苦しい時間だったなと思います。

アッティ
再開されたのはいつだったんですか? 1月?

青木栄美子さん
うちは、(地震発災の) 次の週ぐらいから営業できる状態ではあったんですけど、お客様がほとんどいなかったですね。

アッティ
確かにね。

いっときボランティアなど多くの方が入っていらっしゃいましたが、そういう方々の宿泊は結構あったんですか?

青木栄美子さん
ありましたありました!

ずっと満室になるような感じではなかったんですけど、能登に行かれる方が拠点にしてくださったので、それはすごく助かりました。

アッティ
能登の地震を経て、被災した場所で影響を受けた立場として、今、どういったことを思われていますか?

青木栄美子さん
氷見でも家屋の損傷や、物理的な被害を受けた方がかなり多くて、今でも道路が割れたままのところや傾いた電柱がそのままになってるところがあります。

アッティ
ありますよね。

青木栄美子さん
お家に住めなくなってしまって、そのままになってるところもたくさんあるので、「復興したよ」とは、まだ言えない状態なんですよね。

でも、お客さんが気兼ねなく氷見に来てくださるようになってきたので、1月の新年会では「今年はいい年にしようね」と地元の皆さんもワイワイしてくださるようになってきました。

だから今は、「どんどん良くなっていくんじゃないかな」という気持ちになっていますね。

アッティ
心の変化が出てきているというのは、非常にいいことですよね。

青木栄美子さん
はい。

アッティ
先月のゲスト「サクラパックスの橋本さん」もおっしゃってましたけど、震災の一番の問題は「風化して忘れられてしまう」ことだと思うんですよね。

あおまささんも、震災のことを「多くの方に伝えていく」という役割があると思うので、「これだけ元気になってるんだよ」という姿を、ぜひ世の中に見せてほしいなと思います。

青木栄美子さん
そうですね。

アッティ
それでは今回は以上とさせていただきます。

次はあっという間に、全4回のうちの4回目です。青木さんの今後の夢や目標などをお聞かせいただきたいと思います。

富山への想い&オススメ店&リクエスト曲

【青木 栄美子さん】 民宿あおまさ女将&フリーアナウンサー。テーマ4

サウナネットワーク

要約

民宿あおまさは、以前は口コミのみで地元客中心でしたが、SNSで富山・氷見の魅力を発信したことで県外客が増加。

併設サウナも人気で、サウナ愛好者の口コミや取材を通じて広まり、訪問者が増えています。

アッティ
民宿あおまさのお客さんは、県内、県外どちらが多いんですか?

青木栄美子さん
県外の方が多くなってきました。

アッティ
どういうキッカケで、そうなってきたものなんですか?

青木栄美子さん
うちの民宿は、もともとホームページがなくて口コミだけでやってたので、地元の方が多かったんです。

でも代が替わって私達になってから、「SNSで多くの方に富山や氷見の魅力を知っていただこう!」と発信を頑張ってきて。それでだんだん知っていただいて、県外からもお客様が来てくださるようになりました。

また、サウナを併設しましたので、それを目当てに来てくださるお客さんもいます。

アッティ
「サウナーネットワーク」だ!

青木栄美子さん
今、サウナすごい流行ってるじゃないですか。

アッティ
そうですよね。

青木栄美子さん
サウナ好きの方のネットワークがあって、「あそこが良かった」「ここのサウナ施設がいい」みたいな情報交換をして、そこで知ってくださった方が「良いって聞いたから来ました」というのもあります。

アッティ
サウナの取材などもあるんですか?

青木栄美子さん
ありました。

アッティ
やっぱりすごいですね、サウナ―の世界っていうのは。

青木栄美子さん
サウナ人気はすごいですよ。

特に本当に好きな方は、1日4〜5軒ハシゴしていたり。

アッティ
海が見えて立山も見えるサウナは最高ですからね。

青木栄美子さん
最高ですよ!

アッティ
それはもう、情報としてガンガン上がってきますよね。

青木栄美子さん
そうですね。

ふるさと富山について

要約

青木栄美子さんは富山への深い愛着を持ち、観光や食の魅力を伝える活動を続け、宿を通じて移住促進や人々の交流の場となることを目指しています。

アッティ
アナウンサーと女将の二刀流でやってこられて、それぞれの目線で富山を見ていらっしゃると思います。

ふるさと富山に対しての想いをお聞かせいただけますか?

青木栄美子さん
私はやはり、富山が大好きなんですよ。

富山でずっと伝える仕事を続けてきたので、知ればより好きになるじゃないですか?

アッティ
そうですよね。

青木栄美子さん
富山への愛情もどんどん増してきて「富山の美味しい食べ物を伝えたい!」「観光地の楽しみ方をみんなに伝えたい!」という気持ちは、やっぱりアナウンサーとして伝える仕事を経験してきたからこそ、より強くあるものだと思ってます。

アッティ
確かに。

青木栄美子さん
来てくださったお客さんにも、富山の良さを知ってもらいたいし、楽しく過ごしてもらいたいです。

アッティ
そうですよね。

青木栄美子さん
「消滅可能性都市」みたいな話がありますが、うちの宿が富山や氷見に来るきっかけの一つになり、ご縁ができてまた来てくださるようになってほしいです。

気に入ってもらえた先に、例えば「二拠点」や「ここに移り住もうかな」と思う人が増えてくれたらいいなと思います。

アッティ
もちろん観光もいいですけど、移住して、あの素敵な景色を毎日見られるというのは、やっぱり魅力的ですよね。

青木栄美子さん
そうですよね!

アッティ
本当にそう思います。

ニューヨーク・タイムズが、やっと富山県富山市の魅力に気づいたみたいな感じですよね。

青木栄美子さん
見つかっちゃいましたね~。

アッティ
欲をいえば、もう少し早く気づいて欲しかった気もしますけどね (笑)

青木栄美子さん
やっぱり、さまざまな方とご縁を結ぶ宿でありたいなと思います。

アッティ
もともと宿の役割は、そこにあったのかもしれないですよね。

全国から様々な方が集まって、そこで密接な関係が出来上がるのが宿の楽しみだったような気がします。

そういうのができるといいですよね。

青木栄美子さん
はい。

富山県内で大好きな飲食店

Lot (ロット)

公式instagram

住所:富山県氷見市南大町1-3

アッティ
富山でお気に入りの飲食店をお聞かせいただけますか?

青木栄美子さん
富山県の氷見市の「Lot (ロット)」さんという、様々な国の料理を提供されているお店です。

アッティ
氷見で!?

青木栄美子さん
そうです。長野県から移住した夫婦がやっていらっしゃって、本当に美味しいんですよ。

仕事が終わったあと、パスタとワインのために、主人と一緒に「今日はちょっと早く終わったからLotさんに行こうか」なんて言って。

アッティ
まさに「ご褒美」ですね。

青木栄美子さん
そうなんです。

アッティ
遅くまで営業しておられるんですか?

青木栄美子さん
私たちの仕事が早く終わったときに行くので、結構遅くまで営業しておられますね。

20~21時頃に「今日ちょっと早く終わったから、一杯いいですか?」といって行くようにしています。

アッティ
多国籍料理ということですけど、例えばどういったメニューが美味しいんですか?

青木栄美子さん
パスタも美味しいですし、ハンバーガーも美味しいです。

アッティ
すごい。

青木栄美子さん
ご夫婦で様々な国を見てまわって体得してきた料理を、なんでも提供してくれるという感じで。

どこの国の料理がということではないんですけど、イタリアンが多いかなと思います。

本当にめちゃくちゃ美味しいんです!

アッティ
ちなみに、この方々の長野から氷見への移住のきっかけは何だったんですか?

青木栄美子さん
きっかけは、事業承継ですね。

もともと氷見に「ボーノペッシェ」というイタリアンのお店があって。

そのご夫婦がお店を辞められて「お店がなくなるのは寂しいから、どなたかに継いでいただきたい」というのを出したら、長野のご夫婦が「やりたいです」と、氷見に来てくださったんです。嬉しいですよね。

アッティ
こういう方々が増えるといいですよね。

青木栄美子さん
本当にそうなんです!

そういう意味でも「長野からご夫婦で氷見に来てくれた」というのはすごく嬉しいですし、「上手くいってほしいな」という思いもあります。

アッティ
いいですね!

青木栄美子さん
美味しいので、(この放送を) 聞いてくださってる皆さんも、ぜひ行ってみてほしいなと思います。

アッティ
あおまささんにお邪魔して夕飯を食べたあと、二次会ぐらいでそこに行くといいですね。

青木栄美子さん
いいですね! 行きましょう!

アッティ
行きましょう! そのときは、お邪魔します。

リクエスト曲

「動画を再生できません」と表示されている場合、「Youtubeで見る」をタップすると見られます。

アッティ
お好きな曲を1曲、リクエストいただきたいと思います。

青木栄美子さん
はい。ずっと大好きで聞いていたヨルシカの「晴る」という曲をお願いいたします。

アッティ
これはどういった理由で?

青木栄美子さん
歌詞の中にもあるんですけれども、最近だんだん温かくなってきましたので、春を感じられる、明るいアップテンポな曲を聞いていただきたいなと思って。

アッティ
いいですね、青木さんを表してますね。

それでは青木さんのリクエスト曲、ヨルシカさんの「晴る」です。
>> リクエスト曲を聞く

これからの夢や目標について

要約

青木栄美子さんの今後の目標は、宿を長く継続させながら、家族や地域に貢献すること。

県外からの来訪者と地域を繋ぐ役割を担い、リピーターや移住者を増やしたいと思っています。

アッティ
最後の最後になってまいりましたが、青木さんのこれからの夢や目標についてお聞かせいただけますでしょうか?

青木栄美子さん
まずは、宿を潰さずに長く続けていくことですね。

そしてそれが「県外から来た方など地域と様々な方を繋ぐ役目」となり、「自分の家族や、地域の方のお役に立てること」であったらいいなと思います。

それは必ずしも「氷見に住んでほしい」ということではなくて、ご縁ができて何回も通ってくださるようになったりとか、そういうことで。

本当に気に入って氷見に移住してくれたら最高なんですけど、「地域と県外から来た様々な方とを繋ぐ役目ができたらいいな」って思います。

アッティ
ありがとうございます。全4回にわたって青木さんからお話をいただきました。

生まれたときからの話をお聞きしていて、意志を強く持って学び経験してることは、必ず何かに繋がっていくんだなと。

そしてアナウンサーと女将、それぞれの仕事の相乗効果で次なるステージが生まれてこられるんじゃないかなと感じ取った、そんな全4回でありました。

今月のゲストは民宿あおまさの女将、青木栄美子さんでした。 青木さん、1ヶ月間ありがとうございました。

青木栄美子さん
ありがとうございました。

アッティ
この番組のこれまでの放送は、ポッドキャストで聞くことができます。FMとやまのホームページにアクセスをしてみてください。

お風呂の中でのぼせてまいりましたので、そろそろあがらせていただきます。アッティでした。

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