
こんにちは、アッティです。
「アッティの熱湯とやま人」は、富山のために熱い気持ちを持って頑張る人の本音に迫る番組!
今回のゲストは、有限会社J.C.BAR 専務取締役の嶋 直樹 (しま なおき) さんです。※2026年7月現在
1級ジュエリーコーディネーターとして、世界各地の宝石鉱山探検やメディア出演などを通じ、ジュエリーの魅力を伝える嶋さんに熱く迫っていきます!
この記事は、FMとやま「アッティの熱湯とやま人」(毎週金曜17:15〜17:25放送)の収録内容を、ほぼノーカットでまとめたものです。
放送では紹介しきれなかった裏話も含めて、ぜひお楽しみください。
あわせて、YouTube版もご覧いただけます。
目立たなかった少年が宝石の魅力を伝えるまで

J.C.BARの現在と原点
嶋 直樹さんが専務取締役を務めるJ.C.BARは、1997年に富山で創業しました。
オーダーメイドと宝石の直輸入から始まり、現在はデザインや設計を手がけたオリジナルジュエリーも発信しています。
アッティ
嶋さん、どうぞよろしくお願いいたします。
嶋 直樹
よろしくお願いします。
アッティ
今回は全4回にわたって、宝石のことはもちろん、探検家としてのお話もたっぷりと伺いたいと思っています。楽しみにしています。
早速ですが、J.C.BARはどのようなお店なのか、嶋さんの自己紹介も含めて教えていただけますか?
嶋 直樹
J.C.BARは1997年に富山で創業しました。私の両親が、オーダーメイドと宝石の直輸入を行う店としてスタートしたんです。
私は1999年に富山へ戻ってきました。それまでは飲食業という、まったく別の業界で働いていたんですよ。
アッティ
飲食業だったんですね。
嶋 直樹
そうなんです。そこで出会った妻を、無理やり富山へ連れてきまして(笑)。まさか自分が宝石に携わるとは思っていませんでした。
妻は今も、仕事でもプライベートでも大切なパートナーとして、一緒に働いてくれています。
アッティ
なるほど。
J.C.BARは、オーダーメイド専門のお店なんですか?
嶋 直樹
もともとはオーダーメイドのお店として始まりましたが、今はJ.C.BARのオリジナルジュエリーも手がけています。
デザインや設計を行い、加工については富山に限らずさまざまなところと連携しながら、完成したものをJ.C.BARのブランドとして世の中へ発信しています。
アッティ
J.C.BARブランドのジュエリーが、世の中に出ているわけですね。もちろん、オーダーメイドの相談も受けていると。
嶋 直樹
そうですね。
アッティ
宝石のオーダーメイドというと、どのような相談があるんですか?
嶋 直樹
ジュエリーが好きな方にも、いろいろな入り口があります。
例えば、8月の誕生石であるペリドットが欲しいというところから、どんなデザインにするかを考えることもあります。結婚をきっかけに、大切なパートナーとの指輪を作りたいというご相談もありますね。
オーダーメイドといっても、本当にいろいろな方向から相談をいただきます。リフォームもその一つです。
アッティ
面白いですね。そういったお話も、今後たっぷりと聞かせていただきたいと思います。
奥田で過ごした学生時代
嶋 直樹さんは下新本町から奥田小学校へ通い、運動も勉強も得意ではない、目立たない学生時代を過ごしました。
一方、卒業パーティーでは突然ステージに上がって踊り、人前に立つことを楽しむ一面もありました。
アッティ
まず嶋さんの生い立ちについて伺います。幼少期は、どのようなお子さんだったんですか?
嶋 直樹
私は奥田小学校に通っていたので、FMとやまへ来ると懐かしいんです。
下新本町から奥田小学校まで、毎日この前を通っていたので。結構な距離でしたね。
運動も勉強もできず、なかなかしんどい小学生時代でした。中学、高校も、どちらかというと目立たずに過ごしていたと思います。
アッティ
今は、おしゃべりでもかなり目立っていらっしゃいますけど(笑)。
嶋 直樹
その反動かもしれませんね。
アッティ
当時は、今のような感じではなかったんですか?
嶋 直樹
そうですね。ただ、学生の頃に、人前に立つ気持ちよさのようなものに目覚めたのかもしれません。
卒業パーティーのとき、呼ばれてもいないのにステージへ上がって、音楽に合わせて踊り始めたことがありました。今、思い出しました(笑)。
アッティ
持って生まれたものが、しっかりあったんですね。
とはいえ、スポーツや文学など、何か一つに打ち込んできたわけではなかったと。
嶋 直樹
部活動にものすごく力を入れていたというより、全体的に楽しんでいました。
弓道をやっていたんですが、当時は3on3のバスケットボールがすごく流行っていて、弓道部よりもバスケットボールのほうに力を入れていた時期もありましたね。
アッティ
なるほど。いろいろなところをフラフラしながら。
嶋 直樹
そうですね。どちらかというと、フラフラしていたかもしれません(笑)。
富山駅前の宝飾一家
嶋 直樹さんの祖父母は、富山駅の須田ビルにあったステーションデパートで、時計・宝石・メガネを扱っていました。
幼い頃から店の周りで遊び、宝石を身近に感じながらも、自分が宝飾業を継ぐとは考えていませんでした。
アッティ
先ほどJ.C.BARのお話がありましたが、嶋さんが立ち上げた会社ではないんですよね?
嶋 直樹
はい。父が創業しました。
アッティ
ただ、ご家族としては、それ以前から宝飾品を扱っていらっしゃったんですよね?
嶋 直樹
私の祖父母が、昔、富山駅にあった須田ビルで商売をしていました。
ビルができた当時、富山で最初の、いわゆるステーションデパートと呼ばれていた場所ですね。
アッティ
ありましたね。懐かしいです。
嶋 直樹
昭和の初め頃、そこで時計、宝石、メガネを扱っていました。昔は、そうした商品を一緒に扱う兼業店が多かったんです。
子どもの頃は、あの辺りをちょろちょろして遊んでいた記憶があります。
アッティ
お店の周りや駅前で遊んでいたんですね。
自分の家は宝石や宝飾品を売っているという意識はあって、商品に触れる機会も多かったんですか?
嶋 直樹
多少はありましたね。
アッティ
とはいえ、将来、自分も宝飾業に携わろうと思っていたわけではなかったと。
嶋 直樹
そうですね。父が1997年にJ.C.BARを創業するまでは、私は店を継ぐ立場ではまったくありませんでした。
自分が宝飾業へ進むとは、まったく思っていなかったんです。
J.C.BARの名前の由来
J.C.BARの「J」はジュエリー、「C」はクリエーション、「BAR」は気軽に立ち寄れるイタリアのバールが由来です。
酒場と勘違いした来店客からビールを注文されることもあります。
アッティ
途中で申し訳ないんですが、J.C.BARという名前には、どのような意味があるんですか?
嶋 直樹
よくご質問いただきます。
「J」はジュエリー、「C」はクリエーションです。つまり、「ジュエリーを創造する」という意味ですね。
創業当時から、父は石の買い付けから自分たちで行い、オーダーメイドで何かを作り上げたいという思いを強く持っていました。それで「ジュエリークリエーション」と名付けたんです。
「BAR」のほうは、イタリアのバールから来ています。
アッティ
そこから来ているんですか!?
嶋 直樹
そうなんです。
宝飾品やジュエリーは、なじみの薄い方が多いですよね。宝石店へ行ったことがないという方も少なくありません。
そうした方にも気軽に立ち寄っていただきたいという思いで、イタリアのバールをイメージしました。
創業当時の店は、西田地方小学校のすぐ隣にありました。4人掛けのテーブルが一つと、小さなカウンターがあるだけの、本当に小さな店だったんです。
気軽に入れる街のお店でありながら、宝飾についてはしっかりしている。父は、そんな店にしたいという思いでスタートしたようです。
アッティ
「バール」が宝石の専門用語なのかと思っていましたが、そうではなかったんですね。
嶋 直樹
そうなんです。
今でも時々、看板の「BAR」を見て、お酒を飲む店だと思って入ってこられる方がいます。
私たちはジュエリーをお求めのお客様だと思って、お飲み物を伺うんですが、「ビールはある?」と聞かれて、「えっ?」となることがありますね(笑)。
アッティ
本当に、そちらのBARだと思って来る方がいるんですね。
入ってみたら、「あれ、宝石があるぞ」と(笑)。面白いですね。
飲食業で学んだ接客の基本
嶋 直樹さんは卒業後、友人の誘いを受けて東京の飲食店グループに就職しました。
カウンター越しの会話で緊張をほぐし、必要なときに専門知識を伝える接客は、現在のJ.C.BARで長く愛される店づくりの土台になっています。
アッティ
嶋さんがJ.C.BARや宝石に興味を持ち始めたのは、いつ頃だったんですか?
学校を卒業して、すぐに宝飾の仕事へ進んだわけではないんですよね?
嶋 直樹
はい。卒業後は3年間ほど、飲食業で働いていました。
友人から、当時、東京で勢いを伸ばしていた飲食店のグループへ誘われたんです。
「お前の人柄なら向いているし、どうせまだ就職先も決まっていないんだろう?」と言われまして(笑)。
面白そうだと思い、アルバイトの面接へ行くような感覚で受けたところ、気に入っていただき、そのまま就職することになりました。
アッティ
飲食業からスタートしたんですね。
嶋 直樹
そうですね。ただ、そのときに学んだことが、今の仕事の土台にもなっています。
バーカウンターの中で、お客様とたわいもない話をしながら、専門的なことを聞かれたらお答えする。これはジュエリーの世界でも、それほど変わりません。
なるべくお客様を緊張させず、リラックスした状態でいろいろなお話を伺う。常連のお客様にも長く楽しんでいただける店づくりという考え方は、当時から変わっていないですね。
アッティ
扱う商品は違っても、接客の基本は同じなんですね。その3年間で学んだことが、今にも生きていると。
知識ゼロから宝石の世界へ
嶋 直樹さんは母親の病気と父親の誘いをきっかけに富山へ戻り、知識ゼロから宝飾業に入りました。
展示会で何も話せなかった経験を出発点に、ジュエリーコーディネーターの資格取得とオーダーメイドの現場を通じて学びを深めました。
アッティ
飲食業から、どのように宝石に携わることになったんですか?
嶋 直樹
ある日、父が私の働いていた店へ来て、「店を創業した。独立したんだ」と言ったんです。
私にとっては、本当に驚きでした。
アッティ
「えっ!?」という感じですよね。
嶋 直樹
そうですね。
今、私が息子に一生懸命話をしても、半分分かったような顔をして聞いていることがあります。当時の私も、それと同じだったんでしょうね。
父の思いは伝わり切っていませんでしたが、「何かすごいことを始めたんだろうな」とは感じていました。
その後、母が病気をしたんです。せっかく両親が店を始めたばかりの時期でした。
私自身も、前職でこの先どうしていこうかと悩んでいたところがあり、父から「一回、富山へ戻ってきたらどうだ」と言われました。
言い方が上手だったんですよ。「一回、戻ってこい」と。
アッティ
「ずっとじゃなくていいから、とりあえず一回どうだ?」という感じですね。
嶋 直樹
そうなんです。
「嫌なら辞めればいい。俺のあとを継げるかどうかは、お前が決めることじゃない。俺が決める」と言われました。
アッティ
「俺が決めるぞ!」と(笑)。
それなら、少し気楽に戻れますよね。
嶋 直樹
そうですね。父本人は、そこまで気楽なつもりで言ったわけではないと思いますけど(笑)。
私も20代前半でしたから。
アッティ
それで富山へ戻ってこられたと。
嶋 直樹
はい、戻ってきました。
アッティ
その段階で、宝石に関する知識はどのくらいあったんですか?
嶋 直樹
まったくありませんでした。
今でも覚えているんですが、大きな展示会で、「とりあえずお盆を持って、お客様のあとについて回ればいい」と言われたんです。
ところが、何を話せばいいのか分かりません。ジュエリーは、お買い上げになるお客様のほうが知識を持っていることも多いんですよ。
アッティ
なるほど。
嶋 直樹
今はSNSやインターネットが普及して、その傾向がさらに強くなっています。
当時から、ある程度ジュエリーを買っているお客様は、本当によくご存じでした。
おそらく今も変わりませんが、ジュエリー業界に入ったばかりの1年生は、お客様を前にしても何も話せない。私も知識ゼロからのスタートでした。
アッティ
最初は大変だったでしょうね。
嶋 直樹
大変でした。
アッティ
知識を学びながら接客を続ける中で、この事業で自分は何を大切にしたいのか、将来こうしたいという思いは生まれてきましたか?
嶋 直樹
ある日、社長である父が、ぽつりと「いつか銀座に店を出す」と言ったんです。
アッティ
すごいですね。お父様は、ぽつりと大事なことを言う方なんですね。
嶋 直樹
思いの熱さから出た言葉だったんでしょうね。
ただ、「銀座に出すから頑張るぞ」「お前たちもついてこい」というタイプではありません。あくまで、自分の思いとしてそう考えているという伝え方でした。
一方で、私は知識がありませんでした。創業してまだ2、3年の頃ですから、父も忙しく、マンツーマンで何かを教えてもらえる状況ではなかったんです。
そこで、当時できたばかりのジュエリーコーディネーターという資格に挑戦しました。
アッティ
まずはジュエリーコーディネーターの資格を取ろうと。
嶋 直樹
はい。3級が入門にあたるので、取得を目指しました。
ただ、J.C.BARはオーダーメイドの店で、素材から買い付けをしています。そのため、仕事を始めて1、2年の間に、かなりの知識が身についていたことにも気づきました。
一般的な店では、完成したジュエリーを仕入れることが多いと思います。
一方、私たちは材料から買い付けるので、石の価格や加工、石留めなど、一つのジュエリーができるまでの工程を身近で学べました。
自分でも驚くほど、知識が身についていたんです。
アッティ
オーダーメイドの現場でOJTを重ねる中、自然と深く学べる環境にいたということですね。
嶋 直樹
自然に学んだというより、学ばされていたのかもしれません。
気づいたら、そうなっていましたね。
アッティ
なるほど。嶋さんが、いよいよ宝石の世界へ本格的に入っていくところまで伺いました。
次回は、ジュエリーコーディネーターとして感じる宝石の魅力や、鉱山を探検し、宝石の産地や鉱山を自ら訪れるようになったお話も、たっぷりと聞かせていただきたいと思います。
1級資格と鉱山探検で深めた宝石の伝え方

1級資格への険しい道
嶋 直樹さんは、3級と2級の合格で自信を深めたものの、1級では筆記・実技・品質判定・ロールプレイングに苦戦しました。
一次試験と二次試験で不合格を経験しながら挑戦を重ね、全国でも合格者の少ない資格を取得します。
アッティ
嶋 直樹さんとご紹介しましたが、「ナオキージョーンズ」という名前も持っていらっしゃるそうですね。
嶋 直樹
そうなんです。現在はYouTubeに力を入れていて、YouTubeではナオキージョーンズとして活動しています。
アッティ
面白いですね。そのお話は、次回たっぷりと聞かせていただきたいと思います。
前回は、飲食業で接客を経験したあと富山へ戻り、お父様が創業したJ.C.BARに入り、現在は専務取締役として仕事をされているというお話を伺いました。
その中で、ジュエリーコーディネーターの資格も話題に出ましたね。オーダーメイドの現場で学んでいたこともあり、3級、2級は比較的早く取得できたということでした。
現在は、どのような資格を持っていらっしゃるんですか?
嶋 直樹
その先に1級がありまして、現在は日本ジュエリー協会認定の1級ジュエリーコーディネーター資格を取得しています。
私は制度ができてから5回目の合格者で、いわば5期生のような形ですね。
今でも、1年間の合格者は1人か2人。合格者がゼロという年もあります。
アッティ
1級は、そのくらい難しいんですね。
嶋 直樹
はい。非常に厳しい資格だと言われています。
ただ、私は3級と2級に合格したとき、完全に天狗になっていたんです。
アッティ
「このくらいなら、ちょろいぜ」という感じで(笑)。
嶋 直樹
まさに、そんな気持ちで受けました(笑)。
ところが、本当に難しかったんですよ。それまではマークシートだったのが、1級では筆記試験になります。
そこで初めて、「自分はまったく分かっていなかったんだな」と気づきました。一次試験は一度落ちて、その後、必死に暗記して、なんとか一次試験に合格しました。
ところが二次試験では、実技が待っていたんです。
アッティ
実技もあるんですか?
嶋 直樹
はい。ただ、販売やコーディネートの資格なので、ジュエリーそのものを作るわけではありません。
例えば、見積もりを作成する試験があります。ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンドの品質判定も行いますし、ロールプレイングや面接もありました。
そこで、また不合格になりまして。
アッティ
そうだったんですか。
嶋 直樹
ですから、今でも「あの試験は大変だったな」と思います。
アッティ
現在、全国に資格を持っている方は、どのくらいいらっしゃるんですか?
嶋 直樹
すでに引退された方もいますが、(収録時点の) 認識では、現役でおそらく42名ほどです。。
アッティ
すごいですね。富山県では、ほとんどいないということですか?
嶋 直樹
今は、私のほかにもう1人いらっしゃいます。
アッティ
それでも、本当に限られていますね。
1級ジュエリーコーディネーターは、宝石を販売するための資格ということですか?
嶋 直樹
販売の資格ではありますが、幅広い知識が必要です。
昔は、今でいうコンプライアンスという考え方が、まだそれほど明確ではありませんでした。「お似合いですよ」「これは運命的な出会いですよ」といった言葉だけで販売することもあったと思います。
けれども、ジュエリーを身につける方へきちんと提案するには、歴史や素材、コーディネートの知識が欠かせません。店舗運営に関わる照明やディスプレイなども試験範囲に含まれます。
そうしたものをすべて学ぶ必要があるので、かなりハードルの高い資格ですね。
国内2人目のパール専門家
嶋 直樹さんは、1級ジュエリーコーディネーター取得後、真珠に特化したパールスペシャリスト資格へ挑戦。
日本初の合格者を目指した初年度の不合格を経て翌年に合格し、(嶋さんによると) 国内2人目のパールスペシャリストとなりました。
アッティ
ほかにも、パールに関する資格を持っていらっしゃるそうですね。
嶋 直樹
1級ジュエリーコーディネーターを取得して、「これで知識は十分だろう」と思っていたら、今度はパール専門の資格ができたんです。
アッティ
真珠に特化した資格ですね。
嶋 直樹
そうです。受けてみると、真珠という一つのジャンルに絞り込んでいるだけに、さらに深い世界が広がっていました。
資格ができたばかりだったので、「日本で一番を目指そう」と思い、日本で最初のパールスペシャリストを目指して取り組みました。
ただ、初年度は不合格だったんです。2年目に合格したので、国内で2人目のパールスペシャリストになりました。
アッティ
それでも素晴らしいですね。
知識より大切な「安心」
嶋 直樹さんは、資格で得た知識を一方的に伝えるのではなく、お客様が必要とする情報を選んで提案します。
大切にしていることは、予算や輪郭、働き方、TPO、素材の耐久性まで考え、良いものを安心して選べるように支えることです。
アッティ
ジュエリーやパールを販売するときは、お客様のどのような部分を中心に見て、提案するんですか?
嶋 直樹
まず、私たちが持っている知識を、むやみやたらに出すわけではありません。
お客様から質問されたとき、必要な情報を取り出せる引き出しを、できるだけ多く持っておくことが大切です。そして、常に学び続ける必要があります。
資格を更新するための講座が用意されているわけではないので、取得後は自分で学び続けなければなりません。
3級や2級の頃は、まだ学びが足りなかったと思います。1級ジュエリーコーディネーターやパールスペシャリストになると、資格を持つ方同士のつながりも強くなり、周囲とのコミュニケーションを通じて知識を高められるんです。
その結果、お客様への提案にも、より奥行きが出てくると感じています。
アッティ
お客様からは、どのような要望が多いんですか?
嶋 直樹
やはり、「良いものが欲しい」という方が多いですね。
アッティ
良いものが欲しい、と。
嶋 直樹
ただし、むやみに高いものは避けたいという方が多いと思います。
一言で表すなら、求められているのは「安心」ではないでしょうか。
私たちを信頼していただき、その信頼に応えられる情報や商品の選定技術を身につけておく。知識を高めるという意味では、1級ジュエリーコーディネーターとパールスペシャリストの資格を目指す以外に、私には方法がなかったのではないかと感じています。
アッティ
宝石は、身につけるものですよね。
そうすると、似合う、似合わないという観点も、提案の中に入るんですか?
嶋 直樹
ジュエリーコーディネートの世界には、もちろん、似合うかどうかという考え方もあります。
例えば、顔の輪郭に合う形のジュエリーを提案することがあります。働き方やTPOも関係しますね。
毎日身につけたいジュエリーであれば、その宝石は用途に合わないとお伝えする場合もあります。傷がつきやすかったり、変形しやすかったりする素材もあるからです。
宝石のことだけを知っていれば、適切なアドバイスができるわけではありません。さまざまな知識を組み合わせて提案する必要があります。
アッティ
面白いですね。
資格や知識を生かしながら、お客様に合ったものを提案しているわけですね。
宝石の産地を自分の言葉で
嶋 直樹さんは、産地の情報を「そうらしい」で終わらせず、自ら現地へ足を運ぶようになります。
オーストラリアのライトニングリッジでは、往復4日間の運転と天候を体感したことで、宝石には産地の地面が宿ると実感しました。
アッティ
嶋さんの肩書には「宝石鉱山探検家」という、まったく違う印象の言葉もあります。これは、どのような活動なんですか?
嶋 直樹
鉱山は、宝石の大本にあたる場所です。
宝石を使わないジュエリーもありますが、一般的なジュエリーには宝石が留められています。その宝石が生まれる場所が鉱山です。
最近、これまで10年ほどの活動を振り返る中で、ようやく実感したことがあります。
私たちはお客様に、「この宝石は、こういう産地で採れています」「この色が良いですよ」「こういうものが高品質です」と説明します。
けれども、心の中には、「そうらしい」という感覚が、どこかに残っていたんです。
アッティ
自分で見たわけではないですからね。
嶋 直樹
そうなんです。現場を見たわけでも、自分で採ってきたわけでもありません。
例えば、オーストラリアのライトニングリッジでブラックオパールが採れることは、ジュエリーに携わる人なら、多くの方が知っています。
ただ、「ライトニングリッジは、オーストラリアのどの辺りにあるんだろう?」と聞かれると、そこまで深く知らない方も多いと思うんです。
私はライトニングリッジへ行ったとき、現地まで2日間、車を運転しました。
日本にいると、丸々2日間運転する経験はなかなかありません。帰りも当然、2日間かかります。
自分がこれまで訪れた場所の中でも、とても長い移動でした。
そこで地面を見て、天候を知り、雨に打たれる。その土地を体で感じたとき、「この宝石には、この地面が宿っているんだ」と実感できたんです。
それを最初に強く感じたのが、オーストラリアでした。
アッティ
そこまで体験すると、宝石に対する思いも変わりますよね。
嶋 直樹
変わりますね。
地下20メートルの鉱山探検
嶋 直樹さんは、鉱山を外から見るだけでなく、泥だらけになりながら内部まで入ります。
カンボジアでは、はしごも縄もない地下20メートルの穴を、手足だけで壁に引っかかりながら降下。危険と年齢的な限界も意識しています。
アッティ
宝石の産地へ行き、どのような場所で採られているのかを見ることが、探検家としての活動なんですか?
嶋 直樹
そうですね。
「鉱山を掘りに行っているんでしょう?」と聞かれることもありますが、私は見学だけで終わらず、鉱山の中まで入ることが多いんです。
泥だらけになりますよ。
アッティ
そこまで入るんですね。
嶋 直樹
鉱山の話だけで、1週間以上話せると思います(笑)。
カンボジアでは、地下20メートルほどの穴へ降りたんですよ。はしごも縄もありませんでした。
アッティ
それは危ないですよね。
嶋 直樹
危ないです。20メートルですから、深いプールくらいあります。
アッティ
落ちたら、大変なことになりますよね。
嶋 直樹
そこを、手と足だけで壁に引っかかりながら降りていきました。
もちろん、すべての鉱山がそういう場所ではありません。
ただ、そこまで体験すると、自分の中に残るものがあるんです。一方で、こうした活動には年齢的な限界もあるだろうと思っています。
アッティ
行ける場所と、行けない場所が出てくるということですね。
嶋 直樹
そうですね。ただ、現地を知ることには大きな意味があります。
私も富山県生まれですから、「富山の海はこういう地形だから深くなっていて、天然のいけすと呼ばれているんですよ」と話せます。
富山の魚介の魅力を県外の方に伝えられるのは、自分が富山を知っているからですよね。
宝石の産地を訪れることも、それとほとんど同じだと思っています。
アッティ
なるほど。実際に行った場所を知っているからこそ、その魅力を自分の言葉で伝えられると。
これまでに訪れた中で、特に思い出深い場所はありますか?
北極圏で出会った幻のルビー
嶋 直樹さんは、わずかな期間だけ採れたグリーンランドのルビーを求め、北極圏の荒波を小船で4時間半進みました。
現地で鉱山の厳しさを知り、その経験を発信した結果、全国から問い合わせや来店につながっています。
嶋 直樹
一つひとつ、すべてが思い出深いですね。
その中でも、一番遠かった場所でいうと、グリーンランドです。
アッティ
グリーンランドにも行っているんですか。すごいですね。
嶋 直樹
北極圏ですね。
アッティ
北極圏でも、宝石が採れるんですか?
嶋 直樹
これは、ジュエリー業界でも知らない方が多いと思います。
残念ながら、今はほとんど採れなくなってしまいましたが、地球の長い歴史の中の、ほんのわずかな期間、グリーンランドでルビーが採れていたんです。
アッティ
幻の宝石ですね。
嶋 直樹
まさに、幻のルビーです。
そのルビーを紹介するきっかけができたので、数十時間かけてデンマークからグリーンランドへ入りました。
グリーンランドの首都ヌークは、人口約6万人。そこから鉱山までは、船でなければ行けません。
小さな船に乗り、4時間半ほど北極圏の海を進みました。
アッティ
北極圏の荒波を、小さな船で4時間半ですか。
嶋 直樹
人生最大の船酔いでした(笑)。
もう一度行ってみたいと思う場所は多いんですが、あの船酔いだけは二度と体験したくありません。
アッティ
相当、揺れたんでしょうね。
嶋 直樹
日本人で行ったのは、私と一緒に訪れた仲間くらいではないかと思います。
そういう意味でも、とても思い出深い場所ですね。
アッティ
船で着いた先が、実際にルビーを採っていた場所なんですか?
嶋 直樹
そうです。以前は、そこへ人や機材を入れて採掘していました。
ただ、天然宝石は、同じ場所で永遠に採れ続けるわけではありません。調査を重ねながら、鉱脈を探していきます。
「山師」という言葉があるように、奇跡を探すような世界なんです。
何十年にもわたり、安定して掘り続けられる鉱山は、ほとんどありません。
アッティ
そういうものなんですね。
嶋 直樹
そういった話を、自分の言葉で伝えられるようになること。それが、この旅を始めた理由です。
そして、その旅は今も続いています。
アッティ
これまで、何カ国くらい訪れたんですか?
嶋 直樹
国でいうと、8カ国です。
アッティ
そこまで現地を見てしまうと、特定の宝石への思いが強くなりすぎることもありそうです。
お客様へ提案するとき、押しつけになってしまうことはありませんか?
嶋 直樹
そこは、お客様のご予算がありますから、その範囲内で何ができるかを考えます。
一方で、知っていることを伝えるのも私の仕事です。
例えば、「イタリア料理が食べたい」と言われたとき、「パスタがいいですか? ペンネがいいですか?」と聞くだけでなく、「少し珍しい種類のパスタもありますよ」と紹介されたら、食べてみたくなることがありますよね。
アッティ
なりますね。
嶋 直樹
それと同じです。押しつけにならないようにしながら、お客様の希望に合うタイミングで、自分の知識や経験を提案に加えていきます。
あとは、自分から発信することも大切です。
グリーンランドのルビーについては、全国から問い合わせをいただき、わざわざ富山まで来てくださるお客様もいました。
アッティ
現地で得た経験を発信したことで、全国からお客様が来てくださるようになったんですね。
この旅は、これからも続けるんですか?
嶋 直樹
まだまだ続けます。
アッティ
楽しみにしています。
次回は、ジュエリーの販売だけでなく、YouTubeをはじめとした発信活動についても伺いたいと思います。
テレビ通販とYouTubeで磨いた宝石の伝え方

テレビ通販で鍛えた発信力
嶋 直樹さんはQVCの生放送で、1時間の売上が即座に結果として表れる厳しさを経験しました。
自分の言葉の弱さを痛感し、原産地やジュエリーの作りを学び直しながら、商品と魅力を伝える力を磨いていきます。
アッティ
今回は、嶋さんの発信活動について伺いたいと思います。
「ナオキージョーンズ」という名前で活動されているお話も含めて、宝石の魅力をどのように伝えているのか、お聞かせいただけますか?
嶋 直樹
さまざまな発信をする中で、大きなきっかけの一つになったのが、テレビ通販番組への出演です。
それ以前にも、FMとやまをはじめ、地元のメディアに出演する機会はありました。
皆さん、ジュエリーに興味を持ってくださってはいるんです。ただ、その魅力が十分に伝わり切っていないのではないかと感じていました。
どうしても私たちは、「ジュエリーを買いたい人がいるから、商品を店に並べている」という受け身の感覚に陥りがちです。
けれども、本当の魅力を伝えるには、さまざまな方向から発信する必要があると思うようになりました。
ジュエリーになじみがなく、人生の中でほとんど買わないまま過ごす方も多いですから。
アッティ
確かに、そういう方も多いですよね。
嶋 直樹
テレビ通販への出演依頼をいただいたときは、「1級ジュエリーコーディネーターの資格を持っているし、それなりに話せるだろう」ということで声をかけていただきました。
ところが、現場に立ってみると、まだまだ自分の言葉が弱いと感じたんです。
生放送に出演しながら、海外へ足を運んで原産地を知り、ジュエリーがどのように作られているのかについても、さらに深く学ぶ。そこまでしなければ、自分の言葉で説得力を持って伝えることはできない。
それを出演初年度の1年間で、痛いほど実感しました。
アッティ
その経験が、鉱山探検へ行くきっかけにもなったんですか?
嶋 直樹
そうですね。テレビ通販は、売れたかどうかがすぐに分かります。特に生放送では、番組が終わった瞬間に結果が出ているんです。
アッティ
放送中も、どのくらい売れているか表示されますからね。
嶋 直樹
スポーツの試合に近いと思います。
店頭販売であれば、1カ月の結果を見て、「後半は少しやり方を変えてみよう」と考えられます。
ところが、テレビ通販は1時間で結果が出てしまう世界です。
「これは、なかなか厳しいな」と感じてから、発信力をより大切に考えるようになりました。
同時に、SNSでの発信も始めています。最初はXで、その後、Facebook、Instagram、最近ではYouTubeにも力を入れています。
音声では、Spotifyでも発信しています。
見ていない人を振り向かせる声
嶋 直樹さんは、テレビ通販の視聴者が家事をしながら音だけを聞いていることに着目しました。
声の強弱や言葉で画面へ意識を向けてもらう技術を身につけ、その経験をラジオやSpotifyでの発信にも生かしています。
アッティ
Spotifyで音声配信もしているんですね。面白いです。
ジュエリーは、見てこそ魅力が伝わるものという印象がありますが?
嶋 直樹
そうなんです。ジュエリーは、見てなんぼの世界ですよね。
アッティ
それを言葉だけで伝えるのは、かなり難しいですよね。
嶋 直樹
実は、テレビ通販で培われたことが生きています。
テレビ通販も、多くの方は画面をずっと見ているわけではありません。
アッティ
そういうものなんですか?
嶋 直樹
家事や掃除をしながら、お子さんをあやしながら聞いている方が多いんです。
その中で、「この人、急にテンションが上がってきたけど、何だろう?」と感じたときに、初めて画面を見ていただけます。
ですから、放送中も「ここをぜひご覧ください」「ここからモデルさんのショットです」といった言葉を、ところどころに入れるんです。
アッティ
音だけで聞いている方を、画面へ振り向かせるわけですね。
嶋 直樹
そうですね。その経験から、ラジオや音声も、ジュエリーに興味を持ってもらう大きなきっかけになると思うようになりました。
むしろ、音声はとても大切です。
どれだけ美しいジュエリーが映っていても、話し方に自信がなければ魅力は伝わりません。テレビ通販を通して、かなり鍛えられたと思います。
アッティ
すべての人が画面を見ているわけではない。むしろ、見られていないことを前提に、どう伝えるかを考えたんですね。
嶋 直樹
はい。「ジュエリーには興味がない」と思っていた方に、「嶋が話しているなら聞いてみよう」「ナオキージョーンズって何だろう?」と思ってもらう。
さらに、「鉱山って何だろう?」というところから、ジュエリーのファンをつくっていく。それが、私のライフワークになっています。
アッティ
面白いですね。テレビ通販番組には、どのくらい出演されているんですか?
嶋 直樹
QVCには、約10年間出演しています(収録時点)。
アッティ
10年前というと、かなり早い段階から出演しているんですね。
嶋 直樹
QVC自体は、もっと前からあります。
現在の新しく立派な社屋へ切り替わる頃に、出演を始めて。QVCが25年ほど続く中で、私は約10年間、カラーストーンの担当としてお話ししています。
アッティ
ジャンルごとに専門家がいるんですね。
出演当初は、自分の知識がまだ足りないと感じて鉱山探検へ行き、さらに深く話せる自分をつくっていったということですか?
嶋 直樹
知識以上に、伝え方の部分が大きかったですね。
まず興味を持ってもらい、購入した方に「またこの人から買いたい」と思っていただくためには、商品そのものも、さらに良くしていかなければなりません。
アッティ
確かに、そうですね。
嶋 直樹
テレビ通販に対して、『価格が安い分、品質はどうなんだろう』というイメージを持つ方もいると思います。
そうではない商品を届けて、「この人からなら、次も必ず買いたい」と思っていただけるところまで、商品と伝え方の技術を高める。
それが、これまで取り組んできたことです。
通販とオーダーメイドの葛藤
嶋 直樹さんは、価格を打ち出すテレビ通販と、信頼を重ねるオーダーメイドの違いに葛藤。
両者を切り分けられず苦戦した経験から、届ける相手が何を求めているかを見極め、伝え方を変える大切さを学びました。
アッティ
J.C.BARは、もともとオーダーメイドのお店ですよね。一方、QVCで紹介する商品はオーダーメイドではありません。
多くの視聴者へ何を見せるべきかは、どのように決めるんですか?
嶋 直樹
オーダーメイドとテレビ通販は、まったく逆の世界なんです。
アッティ
やはり、そうなんですね。
嶋 直樹
出演当初は、そこに大きな葛藤がありました。
テレビ通販では、ショーとして「この価格の商品が、今回はこの価格になります」と伝えます。
一方、オーダーメイドで同じ見せ方をすると、お客様からの信頼を損ねてしまいます。
まったく逆の世界なので、最初の頃に売れなかった理由の一つは、自分の中で切り分けができていなかったことだと思います。
今なら理解できますが、当時は分かりませんでした。
アッティ
QVCは、完成した商品を多くの方へ紹介する世界です。
YouTubeは、内容を自由に作れますよね。YouTubeも、オーダーメイドよりは、QVCに近い考え方なんですか?
嶋 直樹
そうですね。YouTube自体は10年ほど続けていますが、最近、強く感じているのは、見てくださる方に合わせることの大切さです。
視聴者に合わせなければ、登録者数も再生数も増えません。自分で続けているからこそ、よく分かります。
これは、すべての仕事に共通することだと思うんです。
お客様が求めていることに、的確に応えられる知識と技術を高めていく。そのうえで、「富山から発信している」という意外性もあります。
アッティ
富山から全国へ発信しているというのは、確かに意外性がありますね。
嶋 直樹
驚いてくださる方も多いです。
最近は全国から声をかけていただくこともあり、ありがたいと感じています。
アッティ
「この人は何者なんだ?」と思われるわけですね。
嶋 直樹
まさに、それです(笑)。
ジュエリーが人生を輝かせる
嶋 直樹さんは、パラジウムの取材やミスコンテストでの講師経験を通じ、ジュエリーは人を飾るだけのものではないと実感。
商品ではなく、そこに込められた思いや人生で果たす役割まで届ける意識が生まれました。
アッティ
テレビやSNS以外にもジュエリーの魅力を広げる発信をされていますが、その原点は何ですか?
嶋 直樹
発信のきっかけになるのは、まず、お客様からの相談です。
「こういうことをしたいんですが、できますか?」という相談ですね。修理一つを取っても、すべては相談から始まります。
もう一つは、別の業界からいただく相談です。
アッティ
別の業界からですか?
嶋 直樹
例えばラジオから、「このテーマを取り上げたいので、専門家として話してほしい」と相談をいただくことがあります。
印象に残っているのは、パラジウムという貴金属について取材を受けたことです。
当時、価格動向でも注目されていたレアメタルで、当時はジュエリー素材として使われ始めたばかりでした。
そのパラジウムについて、ジュエリーの専門家として話してほしいという相談をいただいたんです。
アッティ
宝石ではなく、貴金属としてのパラジウムですね。
嶋 直樹
そうです。ラジオ取材でしたが、そうした相談も発信のきっかけになります。
もう一つ印象的だったのが、ミスコンテストです。これは私にとっても、大きな転機の一つになりました。
アッティ
そうだったんですか。
嶋 直樹
ジュエリーは、単に人を着飾るためのものではありません。
ジュエリーを通じて、その人を美しくする。本物の美しさとは何かを伝えることもできます。
ガラスやプラスチックで作られたアクセサリーだけを知っているのではなく、なぜ宝石を身につけることで、その方の魅力を引き出せるのか。
それまでは、そこまで深く考えていませんでした。
ところが、いくつかのミスコンテストで「ジュエリー担当として話してほしい」と声をかけていただいたんです。
私は、あまり依頼を断らない性格なので、「やります」と引き受けました。
そのとき、「私との出会いをきっかけに、この方たちの人生を宝石のように輝かせられたら、自分の役割を果たしたことになるのではないか」と考えるようになりました。
実際、その方たちが結婚をきっかけにジュエリーの相談をしてくれたこともあります。
アッティ
それは、うれしいですね。
嶋 直樹
うれしかったです。
アッティ
きちんと思いが伝わっていたということですよね。
嶋 直樹
伝わったんだと思います。
中には、「J.C.BARで働きたい」と言ってくれた方もいました。
アッティ
それも、すごいですね。
嶋 直樹
自分にとって、本当にうれしい出来事でした。
アッティ
美しさについて考えていた方たちが、ジュエリーを通じて、さらに深くその意味を知ったんですね。
嶋 直樹
そうですね。その頃から、私は商品を売っているという意識ではなく、そのジュエリーに込められた思いや、人生の中で果たす役割を届けていると感じるようになりました。
だからこそ、自信を持ってYouTubeをはじめとした発信へ取り組めるようになったと思います。
アッティ
単に商品を売るのではなく、そこに込められた思いや、その人の人生まで考えている。深いですね。
自撮りで築いた発信の「型」
嶋 直樹さんは、YouTubeの撮影・編集やSNS写真の約90%を自ら手がけています。
大切にしているのは、試行錯誤を重ねて発信の「型」をつくり、誰かに任せる前に仕組みを理解する姿勢と、正しい情報を届ける責任です。
アッティ
YouTubeの撮影や編集は、ご自身でされているのですか?
嶋 直樹
ほとんど自分で行っています。
アッティ
自撮りなんですか?
嶋 直樹
カメラを用意して、セットし、撮影して、編集するところまで自分でやっています。
J.C.BARから発信する写真やSNSの投稿も、現在は約90%を私の撮影です。
アッティ
すごいですね。
嶋 直樹
自分で撮るようになると、「どうすれば、より美しく伝えられるだろう?」と考えるようになります。
実は、そこまで自分でやっているジュエリー系のYouTuberは、ほとんどいません。
誰かに撮影してもらう方はいても、撮影から編集まで自分で行うとなると、かなりハードルが高いんです。
その分、なかなか投稿本数を増やせないという悩みはあります。
アッティ
そうですよね。プロに任せればできる部分もあると思いますが、あえて自分で行うからこそ、得られる学びも大きいですよね。
何を伝えるべきか、誰に向けて、どう見せるのかを真剣に考えることになります。
嶋 直樹
そうですね。長年、自分で続けていくと、少しずつ仕組みが分かってくるんです。
それを自分なりのマニュアルにして、「型」とします。一度、自分の中に型ができれば、人にも教えられるんです。
ところが、最初からすべてを外注してしまうと、その仕組みを自分では理解できません。
アッティ
自分の中には、なかなか身につかないですよね。
嶋 直樹
そうなんです。そこには長く悩んでいましたが、ようやく乗り越えられた感覚があります。
大変ではありますが、今は楽しいですね。
アッティ
宝石という一つの軸があり、その魅力を深く知るために鉱山へ行く。現地を知ることで説明や提案にも厚みが生まれる。
さらに、ただ番組へ出演するだけでなく、自分で撮影や編集まで行うことで、伝え方そのものも深めているんですね。
それぞれの取り組みの深さが、まったく違いますね。
嶋 直樹
そうなんです。テレビ通販で厳しいと感じたことの一つに、発言内容をチェックする部署があることも挙げられます。
アッティ
内容を確認する部署があるんですか?
嶋 直樹
リーガルチェックがあります。
長年、そうした環境で発信を続けてきたことで、自分の発信内容についても、かなり調べるようになりました。
適当にYouTube動画を作るのではなく、「この人の発信を見れば、正しい情報が分かる」と思っていただけるものを作りたいと考えています。
アッティ
監修する立場の人がいることは、大変ではありますが、発信の質を高めるうえでは良いことでもありますね。
嶋 直樹
そうですね。大変ですけどね(笑)。
アッティ
今回は、テレビ通販やSNS、YouTubeを通じた発信について、たっぷりと伺いました。
次回はいよいよ最終回です。富山への思いや、これからについてお聞きしたいと思います。
富山への想い&オススメ店&リクエスト曲

ふるさと富山について
嶋 直樹さんは、銀座に店を出すよりも、全国から富山へ来てもらいたいと考えています。
世界各地を見てきたからこそ、安心して暮らせる環境や食、人の良さ、美しい景色に富山ならではの価値を感じています。
アッティ
嶋さん、全4回の最終回になります。どうぞよろしくお願いします。
嶋 直樹
よろしくお願いします。
アッティ
前回は、宝石の魅力や奥深さを多くの方に知ってもらうため、さまざまな方法で発信しているというお話を伺いました。
今回は最終回ということで、まずは富山で宝石を扱う仕事についてお聞きします。
富山県内には、宝石を扱うお店はどのくらいあるんですか?
嶋 直樹
宝石店はありますが、中心市街地にあるお店の多くは、ブライダル専門店だと思います。
結婚指輪や婚約指輪も宝石やジュエリーの一部ではありますが、私たちのように石から買い付けている店は、全国的に見てもほとんどありません。
アッティ
やはり、かなり珍しいんですね。
嶋 直樹
父は、J.C.BARのことをよく「小さなメーカー」と表現しています。
1店舗でありながら、デザイナーがいて、石を買い付け、自社のジュエリーを作っている。その意味では、ぴったりの表現だと思っています。
アッティ
嶋さんご自身も1級ジュエリーコーディネーターで、J.C.BARも全国的に珍しい形のお店であると。
東京でも仕事をされる中で、ふるさと富山に対しては、どのような思いを持っていますか?
嶋 直樹
父が以前、「いつか銀座で店をやる」と言っていたことは、私の中でずっと大きなキーワードになっていました。
アッティ
第1回でも、そのお話がありましたね。
嶋 直樹
ただ、今の私は「銀座に店はいらないな」と思っているんです。
アッティ
そうなんですか?
嶋 直樹
もちろん、銀座は素晴らしい場所です。
でも、銀座に店を出す必要はない。むしろ、富山へ来てもらいたいと思っています。
YouTubeの「ナオキージョーンズ」では、毎週日曜日にライブ配信をしています (収録時点)。その最後には、ほとんど毎回「富山に来てください」と話しているんです。
アッティ
いいですね。
嶋 直樹
実際に、富山へ来てくださる方も増えています。
富山には、人を迎えるための魅力がたくさんあります。ただ、それを十分に発信できていないところもありますよね。
少なくとも、ジュエリーや宝石に興味を持ち、私にたどり着いてくださった方には、「ぜひ富山に来てください」と伝えたい。その思いは、かなり強く発信しています。
アッティ
嶋さんが感じる、富山の良さはどのようなところですか?
嶋 直樹
まず、過ごしやすいことですね。安心して暮らせる場所だと思います。
食べ物がおいしいのはもちろん、人の良さもあります。「みんな富山に来ればいいのに」と思うくらい、私は富山県が好きです。
世界を見てきたからこそ、なおさら感じるのかもしれません。東京だけでなく、世界中のさまざまな場所を訪れましたが、これほど美しい場所は、なかなかありません。
アッティ
世界を見たうえで、富山の美しさを感じているんですね。
富山県内で大好きな飲食店
アッティ
富山県内にあるお気に入りの飲食店を一つ教えてください。
嶋 直樹
これは、すごく悩みますね。飲食店を経営している友人も多いので、選ぶのが難しいです。
でもその中で挙げるなら、高校時代からの同級生で、親友でもある濱西シェフの富山市新富町に「Big5」というお店です。
アッティ
Big5ですね。
特に好きな料理はありますか?
嶋 直樹
「豆腐と豚肉の激辛煮込み」という料理があります。
麻婆豆腐もおいしいんですが、こちらは熱々の小鍋に、小さく刻んだ豆腐と豚肉、ザーサイ、ナッツが入っていて。とろとろになった具材が、ぐつぐつと煮立っているんです。
それを豪快にかき混ぜて、ビールを流し込む。おすすめです!
アッティ
最高ですね。今から行きたくなりました(笑)。
リクエスト曲
アッティ
嶋さんが好きな曲を1曲、リクエストしてください。
嶋 直樹
クレイジーケンバンドが大好きで、「男の滑走路」を選びました。
アッティ
なぜ、この曲なんですか?
嶋 直樹
仕事で飛行機に乗る機会が多いこともあります。
先ほど思い出したんですが、ブラジルへ行ったときには、アッティさんの本を持って飛行機に乗っていたんですよ。
アッティ
そうだったんですか。
嶋 直樹
「男の滑走路」は、人生を表しているような曲です。
クレイジーケンバンドは、パロディーバンドだと言われることもありますが、決してそれだけではありません。
楽曲そのものが素晴らしく、曲を聴くと物語を想像できます。横山 剣さんが朗々と歌い上げる声を聴くと、心が奮い立つんです。
「タイガー&ドラゴン」のほうが有名かもしれませんが、今回、全4回に出演させていただく中で、共通するテーマとして「男の滑走路」が浮かびました。
自分が滑走路から飛び立ち、また富山空港へ降り立つ。富山へ帰ってきたときに、きっと安心するだろうなと思いながら、この曲を選びました。
アッティ
ありがとうございます。
これからの夢や目標について
嶋 直樹さんは、販売だけを目的とせず、宝石やジュエリーの魅力を伝える人であり続けたいと考えています。
発信をさらに広げ、ファンを増やしながら、ジュエリー業界全体を元気にする未来を見据えています。
アッティ
それでは最後に、嶋さんのこれからの夢や目標をお聞かせください。
嶋 直樹
これからも、より多くの方に宝石やジュエリーの魅力を伝えていきたいです。
もちろん、多くの方にお求めいただくことも大切です。それはファンをつくることでもありますし、私が携わるジュエリー業界を元気にすることにもつながります。
店を持っている以上、販売はとても大切です。ただ、それよりも少し手前にある、ジュエリーや宝石の魅力を多くの方へ届ける役割を、これからも担い続けたいと思っています。
それが、今の私の立ち位置です。これから、さらに力を入れて伸ばしていけるという自信もあります。
精いっぱい前を向いて進んでいきますので、富山の皆さんにも応援していただけたら、うれしいですね。
アッティ
ありがとうございます。全4回にわたり、嶋さんからお話を伺いました。
一つの宝石を深く知るため、実際に鉱山へ足を運び、採れる場所を見たうえで自分の言葉で伝える。
発信についても、単に番組へ出演するだけではなく、撮影や編集まで自分で行いながら、宝石の魅力をさまざまな方向から届けています。
宝石を販売するだけではなく、そこに込められた思いを届け、人生に寄り添う存在として伝えているところも印象的でした。
嶋さんと、ジュエリーの世界に新たな価値を届ける挑戦に、これからも注目したいと思います。
今月のゲストは、有限会社J.C.BAR専務取締役の嶋 直樹さんでした。
嶋さん、ありがとうございました。
嶋 直樹
ありがとうございました。
アッティ
この番組のこれまでの放送は、radikoの番組ページからポッドキャストでお聴きいただけます。
また、YouTube版も公開していますので、ぜひあわせてご覧ください。
お風呂の中でのぼせてまいりましたので、そろそろあがらせていただきます。アッティでした。
