
こんにちは、アッティです。
「アッティの熱湯とやま人」は、富山のために熱い気持ちを持って頑張る人の本音に迫る番組!
今回のゲストは、株式会社就活ラジオ 代表取締役社長の碓井 一平 (うすい いっぺい) さんです。※2026年3月現在
「働くその先に喜びを」を掲げ、価値観マッチングで就活の常識を変える挑戦をされている、碓井さんに熱く迫っていきます!
この記事は、FMとやま 金曜17:15~17:25放送のラジオ「アッティの熱湯とやま人」の編集前データを、ほぼノーカットでまとめたものです。
放送では流れなかった裏話も含め、お楽しみください。
バスケと家業が育てた、若き経営者の土台

5人兄弟の末っ子として育った幼少期
碓井 一平さんは5人兄弟の末っ子として育ち、幼い頃から運動が好きで、落ち着きがなく「口から生まれた」と言われるほどよくしゃべる子どもでした。
末っ子らしい空気感もにじむ、現在の人柄につながる原点が見えてきます。
アッティ
もう、いきなり「就活ラジオ」という会社名がインパクトありますよね。これもまた後ほど、何回目かで詳しく聞いていきたいなと思っています。
今回、碓井さんにお越しいただいたのは、実は商工会議所がやっている「ヤングカンパニー大賞」に関わっていたご縁があって。
そこで大賞を取られたんですよね。
碓井 一平
ありがとうございます。
アッティ
スタートアップとしても注目されていて、そのつながりで今回お越しいただきました。
以前、第25回では株式会社Marcoの小川 耕平さんにも同じご縁でご出演いただいたんですが、今回もその流れです。全5回、たっぷりお話を伺いたいと思います。
碓井 一平
よろしくお願いします。
アッティ
まず、碓井さんは今おいくつですか?
碓井 一平
今、37歳になる年です。
アッティ
若いですね。
碓井 一平
平成元年生まれです。
アッティ
なるほど。もともと、どんなお子さんだったんですか?
碓井 一平
とにかく運動が大好きで、落ち着きがない子でしたね。
「口から生まれた」ってよく言われてました。
アッティ
よくしゃべる(笑)
碓井 一平
よくしゃべるし、よく動く。そんな感じでした。
アッティ
親は大変ですね。
碓井 一平
ですね。
アッティ
ご家族、ご兄弟は何人いらっしゃるんですか?
碓井 一平
兄弟は5人いて、僕はその末っ子です。
アッティ
そんなにいらっしゃるんだ。
末っ子で、落ち着きなくて、よくしゃべる。なんだかすごく想像できますね。
碓井 一平
よくできた末っ子で(笑)
アッティ
実は僕も末っ子なんです。おとなしい子でしたよ。
碓井 一平
絶対違いますね(笑)
アッティ
昔、友人の家に遊びに行って、初めて会ったそのお母さんに、会った瞬間「あなた、末っ子でしょ」って言われたことがあるんですよ。
何を見てそう思ったのかは分かりませんけど、確かに碓井さんにもそんな雰囲気ありますね。
バスケ漬けの学生時代とハートの強さ
碓井 一平さんは中学からバスケットボールを始め、富山商業では競技漬けの日々を送りました。
富山県優勝とインターハイ出場も経験し、接触の多い競技の中で培ったメンタルの強さが、経営者としての土台にもつながっています。
アッティ
学生時代は何に力を入れていたんですか?
碓井 一平
やっぱり運動が好きだったので、バスケットボールですね。中学校から始めました。
アッティ
バスケはどのくらいやっていたんですか?
碓井 一平
がっつりやっていたのは中学・高校です。
高校は富山商業に進学して、もうバスケットボール漬けの毎日でした。
アッティ
大会にもかなり出られていたんですか?
碓井 一平
そうですね。富山商業は富山県でも強豪だったので、試合も多かったですし、練習試合や遠征にもよく行っていました。
アッティ
大会で何か結果も残されたんですか?
碓井 一平
自分たちの代では富山県で優勝して、インターハイにも出場させていただきました。
アッティ
すごいですね。バスケから学んだことって、どんなことでしたか?
碓井 一平
チームスポーツなんですけど、球技の中でも体の接触が多いスポーツなんですよね。だから、気持ちが強くないとなかなかうまくできない。
技術だけじゃなく、メンタルやモチベーションもすごく関わるなと思っていて。そういう意味で、ハートは強くなったなと思います。
アッティ
インターハイに行くほどのレベルだと、本当にシビアな世界ですよね。
そうすると、チームワークやメンタル面って、今でも活きている感覚はありますか?
碓井 一平
ありますね。チームワークもそうですし、今、お話ししたメンタル面は特にそうです。
会社を経営していると、うまくいかないときもありますし、逆にうまくいくときもあります。でも、そこで一喜一憂しすぎないハートの強さみたいなものは、かなり活かされていると思っています。
アッティ
社長をやっていると、気持ちがストンと落ちることもあるでしょうし、がっかりすることもありますよね。
立ち直りは早いほうですか?
碓井 一平
そうですね。あまり落ちないタイプです。
ストレスで食事が止まらないとか、夜眠れないとか、そういうのはあまりないですね。
アッティ
一晩寝たら忘れちゃう、みたいな感じですか?
碓井 一平
そうですね。
アッティ
それはもう、社長向きかもしれないですね。
碓井 一平
そういうふうに意識してるのかもしれないですね。
アッティ
逆に「少しぐらい反省しろ」って話もあるのかもしれませんが(笑)
碓井 一平
まあ、あると思いますね(笑)
アッティ
でも、そういう強さはいいですね。学生時代は、バスケに没頭していたということですね。
碓井 一平
そうですね。
家業を意識して進んだ富山県立大学
碓井 一平さんは勉強より運動が好きだった一方で、家業が土木系コンサルだったことから進路を考え、富山県立大学へ進学しました。
県外で暮らした経験のない「富山県生まれ、富山育ち」の富山っ子として、地元に根ざした歩みを重ねています。
アッティ
その学生時代を経て、大学はどちらに行かれたんですか?
碓井 一平
家業が土木系のコンサルをやっていたこともあって、理系の土木系を学ぶために、富山県立大学に進学しました。
アッティ
おうちはそういう事業をされていたんですね。
土木系から今の事業につながっているのは、ちょっと面白いですね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
県立大学に進学したのは、やはり家業を継ぐという意識があったからですか?
碓井 一平
もちろんそれは大きかったです。
僕自身、勉強はそんなに好きじゃなくて、どちらかというと運動のほうが好きだったので。家業のことを意識しなかったら、たぶん取らなかった選択肢だったと思います。
当時はそれが一番大きかったですね。
アッティ
なるほど。5人兄弟とのことでしたが、男女はどういう構成だったんですか?
碓井 一平
男が2人で、兄がいて、僕が次男です。あとは女の子です。
アッティ
県立大学に進まれて、県外に出ることはなかったんですか?
碓井 一平
そうなんですよ。今に至るまで、県外で生活したことはなくて。
いわゆる「富山県生まれ、富山育ち」の富山っ子ですね。
アッティ
富山っ子、いいですね。
富山で事業を立ち上げたというのも、実はあまり多くない事例で面白いんですよ。
活躍される方ほど、案外すぐ外に出て行っちゃうので。
碓井 一平
そうなんですよね。
家業で技術を磨き、27歳で社長へ
碓井 一平さんは大学卒業後すぐに家業へ入り、測量や設計など現場で技術を磨きました。
実務力を評価されて27歳で3代目社長に就任し、年上ばかりの業界の中でも、見た目を含めて「なめられない」工夫を重ねながら前に進んでいます。
アッティ
大学を経て、そのまますぐ家業に入られたんですか?
碓井 一平
はい。卒業と同時に家業に入りました。
そもそも大学進学自体も家業を意識したものでしたし、卒業したらそのまま家業に入るというのも、その頃にはだいぶ固まっていたと思います。
アッティ
社会人1年目は、もう実家の会社だったんですね。
でも、ある意味では特殊じゃないですか。新入社員として入るけれど、周りから見たら「社長の息子さんだ」となる。
社会人としてのスタートはどうでしたか?
碓井 一平
僕にとっては、それが最初の社会人経験だったので、やっぱり大変でした。
社長の息子だからというより、純粋に「学生と社会人って、こんなに違うのか」と。そこはかなり叩き込まれた感覚があります。
家業の会社ではありましたけど、社会人としてはしっかり鍛えてもらったと思っています。
アッティ
今でこそ、学生のうちからスタートアップを立ち上げたり、高校生くらいから起業を目指している人もいますけれど、そういうことは考えなかったんですか?
碓井 一平
それは全然なかったですね。
僕は次男でもあったので、そもそも家業を継ぐとか、そういう意識も強くなくて。会社には入るけど、技術者として腕を磨くんだろうな、くらいの解像度しかなかったです。
アッティ
会社に入って、将来的にどうなっていくか、みたいなこともあまり考えていなかった?
碓井 一平
なかったですね。
アッティ
なるほど。実際に会社に入って、最初に学んだことは何でしたか?
碓井 一平
土木業界だったので、技術の面でいうと測量や設計ですね。
本当に現場に立って、山に行って、町に行って、測量して、設計して。まずは技術の部分を一番学ばせてもらいました。
そこは僕自身も楽しかったですね。できることが増えていくのが。
アッティ
現場があるっていいですよね。
今、採用に関わる仕事をされているからこそ、そういう現場を見てきた経験は大きかったんじゃないですか?
碓井 一平
大きかったですね。
皆さんが普段見ないような場所で、現場の人がこんなふうに作業して、一つずつ積み上げていくんだ、というのを見られたのは大きいです。
しかも、それがすごく自分に合っていた。当時も面白かったですね。
アッティ
大学を出たのが22歳か23歳くらいですよね。そこから、かなり早く社長になられたんですよね。
碓井 一平
そうですね。兄もいたんですけど、僕は現場作業がかなり向いていたみたいで。
測量や設計も若いうちから会社の中でかなりできるほうだったので、27歳のときに社長に就任しました。
アッティ
めちゃくちゃ若いですね。
碓井 一平
若かったですね。今思っても、若かったなと思います。
アッティ
27歳で社長はすごいですよ。
お兄さんがもともと社長をやられていたんですか?
碓井 一平
そうですね。兄が2代目になって、僕が3代目の社長として受け継ぐ形になりました。
アッティ
お兄さんは会社には残られたんですか?
碓井 一平
はい。会社には残って、当時は会長というポジションになりました。
アッティ
会長になって、2人で会社を回していく。
一平さんはいわゆる現場を見ていく役割が多かった、という形だったんですね。
碓井 一平
その通りです。
アッティ
27歳で社長をやってみて、どうでしたか?
碓井 一平
この業界は土木系なので、周りの社長さんたちは年齢が僕の2倍、3倍くらいの方ばかりでした。
だから、そういう方々と面と向かって話すのは大変でしたね。
アッティ
ですよね。現場の方々も独特の世界があるでしょうし、皆さん年齢が上ですもんね。
碓井 一平
本当にそうでした。
当時は今みたいな感じじゃなくて、ラジオだと見えないですけど、オールバックにしてスリーピースを着て、見た目で負けないようにしていました。
ゴリゴリのコンサルみたいな格好で現場に行ってましたね。
アッティ
そのほうが嫌われそうだけど、大丈夫でしたか(笑)
碓井 一平
でも当時は、やっぱり「なめられない」っていうのをすごく意識していて。見た目もかなり気にしていましたね。
アッティ
なるほど、面白いですね。
そしてその後、社長を早くに辞めて、また次のステージに行かれるというお話も、実は先ほど少し伺ったんですが、それは次回たっぷりお聞きしたいと思います。
家業の安定から、若者支援の道へ

学生の声が変えた30歳の決断
碓井 一平さんは富山県立大学で講演した際、学生たちの感想文に並ぶ将来不安に大きな衝撃を受けます。
「若いうちに死んでもいい」という声をきっかけに、安定していた家業よりも若者のために動く道へ意識が向かいました。
アッティ
前回は、幼少期からのお話をいただいて、バスケに打ち込み、そこから家業を継いで土木系の仕事に就き、27歳で社長に就任されたところまで伺いました。
そこから今回は、早くに社長を退任されたというお話を聞いたんですが、その経緯を少しお聞かせいただけますか?
碓井 一平
はい。僕が卒業した母校の富山県立大学で、「地元の社長の話を聞こう」という授業が組み込まれていて。
たぶんキャリアガイダンスの一つだったと思うんですが、そこに声をかけていただいたんです。
当時、僕は30歳で、社長になって3年目くらいでした。学生さんに、自分が経験してきたことや、「これからの世界はこうなっていくよ」という話を、結構明るくさせてもらったんですね。
でも授業が終わったあと、学生さんからレポート用紙で感想文をいただいて。その中身が、僕の人生をすごく大きく変えたなと思っています。
本当にストレートに言うと、「遊ぶだけ遊んだら、若いうちに死んじゃってもいいんだ」みたいなことが書かれていたんです。
アッティ
学生さんが、そう言っていたと。
「遊ぶだけ遊んで、長く生きなくてもいい」と。
碓井 一平
はい。彼らが描いていたもののほとんどが、将来への不安でした。
AIとかロボットが進む中で、自分ができる仕事がきっとなくなる。そうなったらつらいから、若いうちに遊ぶだけ遊んで死んじゃってもいいんじゃないか。
あるいは、もう日本を飛び出したいとか。そういう本当に悲痛な声が並んでいたんです。
しかも、それが1枚や2枚じゃなくて、参加してくれた学生の8割、9割が似たような内容でした。
アッティ
将来への不安でもあり、特に日本に対する不安感なんでしょうね。
碓井 一平
だと思いますね。
アッティ
なるほど。
碓井 一平
それを見たときに、「何か、僕らの時代と違うんじゃないか」と思ったんです。
そこで先生方ともいろいろコミュニケーションを取る中で、「民間でも、僕らからでも、学生さんに対して何かできるんじゃないか」という使命感が急に湧いてきて。
それが湧いてくると、3代目として受け継いだ家業が、僕の中ではものすごく安定に見えてきたんです。
そして、「これは本当に僕がやる必要があるのかな」と急に思えてきて。気づいたら辞めていた、という感じですね。
アッティ
なるほど。確かに安定はしていたと思いますが、そこにはもちろん使命感もあったんですよね。
碓井 一平
ありました。ありましたし、それまではいろんなトラブルがあっても、「この会社は僕が継いだんだから、僕がやるしかない」と、逆に社長業にかなり固執していたんです。
アッティ
なるほど。
碓井 一平
でも、そこから急に変わりましたね。
アッティ
そのインスピレーション、すごいですね。
27歳から社長を3年間やっていて、従業員の方々もいるし、そのご家族もいる。当然、守っていかなきゃいけないという強い意志があったはずです。
そこから次へ行くというのは、相当な勇気がいりますよね。よっぽどの衝撃だったんでしょうね。
碓井 一平
そうですね。よっぽどの衝撃でした。
そこで問題意識を持ったのが自分なのであれば、「僕がやらなきゃいけない」という思いに急にシフトしたんです。
使命感だけで始めた退任後の日々
碓井 一平さんは30歳で社長を退任し、具体的な事業が決まらないまま「若者に何かしなきゃいけない」という使命感で飛び出しました。
両親は驚き、周囲も戸惑う中、妻だけは何も言わずに受け入れてくれたと振り返ります。
アッティ
周りの反応はどうでしたか? 何となく想像はつきますけど。
碓井 一平
まず一番衝撃を受けたのは、やっぱり親ですね。両親です。
「何かに取り憑かれてるんじゃないか」って心配されたのは覚えています。
アッティ
そうですよね。
碓井 一平
でも、逆に一番受け入れてくれたのは妻でした。
妻は、辞めると言ったときも何も言わなかったですね。
アッティ
すごいですね。
安定感のある生活から、「何を言い出すんだ、この旦那は」みたいな話ではなく。
碓井 一平
当時、子どももいたので。
アッティ
それは大変だ。
会社の中もそうですし、かなり衝撃が走りますよね。
碓井 一平
そうですね。しかも、「これをやるから辞める」という形じゃなかったので。
とりあえず若者に何かしなきゃいけない、社長を辞めます、という状態だったので、周りはみんな衝撃でした。「何やるの?」って、みんなに聞かれましたね。
アッティ
やる事業とか、どこかに就職するとか、何か決まっていれば少しは分かりますけどね。
「若者のために」と言われても、周りからすると、なかなか見えないですよね。
碓井 一平
分からないですよね。僕も分かってなかったです。
アッティ
当時は自分でも分かってなかった。
碓井 一平
ただ、何かやらなきゃいけない、という使命感で飛び出した感じでした。
アッティ
社長をやりながらサブでやるとか、次の道を探りながら進めるとか、そういうことは考えなかったんですか?
碓井 一平
考えてはいましたし、振り返ってみると、少し重なっている時期もあったと思います。
でも、結局、誰かが本気でやるとなったときに、昔からいう「二兎を追う者は一兎をも得ず」じゃないですけど、当時30歳の僕の力量では、2つのことを同時にやるのは難しかったんだと思います。
アッティ
そうすると、社長を退任されたのは30歳。
27歳で社長に就任して、30歳で退任。この2つを経験しているのはすごいですね。
Laboreと寄処でつくった挑戦の場
碓井 一平さんは「マネーの虎」をヒントに、若者が大人へ挑戦をぶつけるイベントを始めました。やがてLaboreを設立し、学生が集まるゲストハウス「寄処」も運営。学生自身が主体となる場づくりを進めています。
アッティ
いよいよすぐにスタートアップというわけでもなかったと思うんですが、若者や学生に対して、どんなことをやり始めたんですか?
碓井 一平
今でもすごく記憶に残っているのは、昔の「マネーの虎」です。
チャレンジャーに対して、社長たちが投資する番組があったじゃないですか。あれをやろうと、急に思いついたんです。
アッティ
自分がそれをやろうと。
碓井 一平
そうです。若者がもっと社会に対してチャレンジして、それを大人にぶつける場を作ったらいいんじゃないか、と思って。
最初は会社をどうするこうするじゃなくて、「こういうアイデアで、こういうイベントをやったらいいんじゃないか」というところから始めました。
だから、まずはイベントを企画して、イベントをやり続けるところからスタートしました。
アッティ
実際にイベントをやり始めたんですね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
基本的には若者向けのイベントで、そこに企業とか大人を巻き込んでいくような形ですか?
碓井 一平
そうですね。僕らとしては若者に向けたものを作りつつ、そこに地元の社長さんたちや大人たちを巻き込んでいく形で、まずイベントから始めました。
その後、しっかり会社として運営していかなきゃいけない、ということで、「Labore(ラボレ)」という会社を作りました。
アッティ
ラボレって、どういう意味なんですか?
碓井 一平
ラボレは造語なんですが、当時「ラボ」って、いわゆる実験場みたいな意味で使われることが多かったじゃないですか。
僕らとしては、今やっているイベントが本当にいいかどうかも分からない。でも、実験場のような形で、どんどんいろんなことをやっていこう、という意味で付けていました。
アッティ
なるほど。ラボから来ているんですね。
それでイベントを続けていった。その先はどんな展開になったんですか?
碓井 一平
その後は、学生がイベントだけじゃなく、常に集まれる場所を作ろうということで、「寄処(よすが)」というゲストハウスを始めました。
アッティ
ゲストハウス。
碓井 一平
旅人だったり、ビジネスマンだったり、富山県民以外の人も訪れる場所にして。
そこへ、地元の学生さんもたむろできるような、集まれる場所として運営したのが「寄処」でした。
アッティ
旅人も来るし、地元の学生も来るし、いろんな人が交流するイメージですね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
運営側はどうだったんですか?
碓井 一平
運営側は全員学生でした。
アッティ
運営側が学生。なるほど、面白いですね。
碓井 一平
運営に来る学生もいれば、その友達もいるし、その場に集まりだした学生もいる。
いろんな属性の学生がいる中に、旅人やご近所の方も混ざっていく、そういう場でした。
アッティ
学生に運営を任せたのは、やっぱり何か意味があったんですか?
碓井 一平
ありましたね。学生が社会に出るきっかけを作らないといけないと思って、イベントをやっていたんですが、ただ参加者として来るだけでは足りないなと思ったんです。
自分たちが何かをやっているところに、大人や旅行者の方が混ざっていく。そういう形のほうが、主体性も出るし、いろんな場面でぶつかる壁や課題感も生まれる。
参加者のままでは、それがなかなか育たないと思って、運営に学生をどんどん入れていきました。
アッティ
面白いですね。
最近でこそ、学生が企業でインターンしたり、短期だけじゃなく長期インターンをやったりするのも当たり前になってきましたけど、当時はまだそんなに多くなかったかもしれませんね。
碓井 一平
なかったですね。
アッティ
特に富山では、なおさら少なかったかもしれないですね。
碓井 一平
なかったですね。最初は「怪しい団体ができたぞ」って、めちゃくちゃ言われました。
アッティ
怪しい団体(笑)
コロナを経て就活ラジオ構想へ
碓井 一平さんはコロナでゲストハウスの通常運営が難しくなる中、スタートアップという選択肢に出会いました。
学生が最も悩む就職活動に立ち戻り、その構造を変えるために「就活ラジオ」へと軸をつなげます。
アッティ
そこから、どんな展開になったんですか?
碓井 一平
そこから今の「就活ラジオ」につながっていくんですが、ちょうどコロナもあって、ゲストハウスや宿というものが通常運転できなくなったタイミングがありました。
アッティ
コロナの影響を受けたんですね。
碓井 一平
はい。そこで改めて、いろんなビジネスモデルや、「世の中をもっとこうしたほうがいい」ということを見直していく中で、企業の選択肢の一つとしてのスタートアップ、という文脈を知ったんです。
そこから、「自分たちも富山からスタートアップを目指そう」と考えるようになって。今までとは少し違う形で、「就活ラジオ」を立ち上げる流れになりました。
アッティ
スタートアップって一つの手段の名前だと思うんですが、寄処のような、学生に運営を任せた事業からスタートして、新しい事業を立ち上げようとするときも、その根底は引き継ごうと思ったんですか?
碓井 一平
そうですね。そこはぶらさない、という思いもありましたし、そこを突き詰めていったときに、学生が一番悩むのは、やっぱり就職活動、つまり社会に出るタイミングだと思ったんです。
当時、僕が講演した学生たちも、結局は就活の最中の学生さんたちの不安の声でした。
だから、またそこに立ち戻って、この就職活動の構造自体を変えられるような、そんなイノベーションを起こすために、スタートアップという選択肢を取ろう、という流れでした。
アッティ
なるほど。でも、もともと事業を起こそうと思っていたんですか? 会社を辞めたときから。
碓井 一平
何かしらで生活していかなきゃいけないし、お金も何もなかったので、自分で稼がなきゃいけないというのはありました。
ただ、明確に「このくらいの規模で、ここを目指そう」と決めていたわけではなかったです。やっていく中で、どんどん解像度が高くなっていった、という感覚ですね。
アッティ
なるほど。ありがとうございます。
それでは次回、スタートアップとして立ち上げた「就活ラジオ」の展開について、さらに詳しくお話をいただきたいと思います。
就活ラジオ立ち上げの舞台裏

ラジオで届けるリアルな声
碓井 一平さんはイベントや場づくりを続ける中で、学生にも企業にもリアルな情報を届けたいと考えるようになりました。
動画や写真、文字よりも、肉声や熱量がそのまま伝わるラジオに可能性を感じ、「就活ラジオ」の種が生まれています。
アッティ
前回は、家業の社長を30歳で退任し、若者の将来への不安を取り除くような事業をしていきたいと動き始めたお話を伺いました。
そこから試行錯誤しながら、いろんなイベントを行ってきたという話もありましたね。
今回は、いよいよ「就活ラジオ」の立ち上げについてお聞きしたいと思います。
いろんなイベントをやってきた中で、そこから「就活ラジオ」を立ち上げようとした想いを、まずお聞かせいただけますか?
碓井 一平
はい。いろんなイベントを企画したり、場所の運営もさせていただいたりしてきました。
その中でも難しかったのが、学生にもっとリアルな情報を届けたいし、企業さんにも学生のことをもっと深く知ってほしい、ということでした。事業を進める中で、そこをずっと考えていたんです。
当時はまだ「Labore(ラボレ)」という会社のままでやっていました。そこから、リアルな情報を届けるにはどういう手段がいいのか、どういう媒体がいいのかを考えていったんです。
たとえば動画、写真、文字など、いろんな媒体がありますよね。その中で、今ある媒体で一番リアリティがあるなと思ったのが、まさに今日のこの場じゃないですけど、ラジオでした。
アッティ
そうですよね。
碓井 一平
ラジオは、話し手が肉声で伝えます。話している人の熱量や声色がそのまま伝わる。
そう考えたときに、学生の声をラジオで届ける。
企業さんや社長の声もラジオで届ける。そういうものを作っていったらいいんじゃないか、と思ったんです。
就活ラジオというサービスというか、当時は本当にアイデアの一つでした。「それをまず立ち上げよう」というのが、この会社の一番最初の種ですね。
アッティ
すごいですよね。事業の名前だけでなく、会社名にまでなったということですもんね。
碓井 一平
その思いがすごく強かったんです。
それを体現する会社でありたい。リアルを届ける、ということをすごく重視していました。
ビジコンで磨かれた事業構想
碓井 一平さんは富山県のビジネスプランコンテストに参加し、赤羽 雄二さんから厳しいフィードバックを受けました。
勢いだけでは事業にならない現実を学び、「就活ラジオ」を本気でビジネスとして成立させる視点を得ています。
アッティ
その思いと方向性が見えてきたとき、そこからはどういう進め方をしてこられたんですか?
碓井 一平
そのアイデアを持って、当時、富山県で開催されたビジネスプランコンテスト、いわゆるビジコンに参加しました。
若者たちで集まって、「これに出て優勝してこようぜ」と勢いで参加したんです。
そこで、今一緒にやっている赤羽 雄二さんという方が、当時そのビジコンの主催で、総監督のような立場にいらっしゃいました。
僕らが勢いで立ち向かっていったら、赤羽さんにものすごくボコボコにフィードバックされて。「こんなのじゃ全然事業として成り立たないよ」と言われたんです。
そのときに、「自分たちのアイデアだけじゃ駄目だよね」とか、「本当にビジネスとして成立させるには何が必要なのか」とか、そういったことをすごく叩き込まれました。
ビジネスプランコンテストは、約半年くらいの期間だったんですけどね。
アッティ
そのコンテスト自体が半年間あって、事業計画を立てるところまで全部やっていくような形だったんですね。
碓井 一平
そうなんです。そこで改めて、「就活ラジオを本気でやろう」と思ったのがスタートですね。
アッティ
その段階では、まだお一人だったんですか?
碓井 一平
一応、当時のLaboreのメンバーもいたので、基本的には2人でやっていました。
アッティ
なるほど。そこで事業のコンセプトが出来上がってきたと。
では、もう一度具体的に、就活ラジオのコンセプトを聞かせてもらえますか?
働くその先に喜びを
碓井 一平さんは「働くその先に喜びを」という理念に、就職活動の先で喜びを感じられる選択をしてほしいという思いを込めました。
目の前の就活に追われ、自分自身や将来を見失いがちな学生の課題に向き合っています。
アッティ
では、もう一度具体的に、就活ラジオのコンセプトを聞かせてもらえますか?
碓井 一平
今、僕たちが理念に掲げているのが、「働くその先に喜びを」という言葉です。
就職活動をする学生たちに、その場だけの感情や思いではなく、働いた後に喜びを感じられるような選択をしてほしい。そういう思いを込めて、この理念を掲げています。
今の就職活動は、どちらかといえば「大手に入るためにこれを鍛えましょう」「これをやっておきましょう」という形になりがちです。
自分の好きなものがなかなか見つからないから、まずはこれをやってみる。とりあえず今を対処するためだけに、将来の選択肢が狭められているような感覚が、僕らにはありました。
だから、もっと先のことまでしっかり自分を見つめ直してほしい。そういう世の中を作っていきたいというのが、この事業全体のコンセプトですね。
アッティ
そうですよね。何となく、就職活動がすべてみたいになっているところってありますよね。
親からのプレッシャーもあるでしょうし、周りと比較して「自分だけ置いていかれている」と感じることもある。行きたい会社がある人もいるけれど、いつの間にか入ること自体が目的になっていたりする。
何となく、苦しい戦いをしているイメージがあります。でも考えてみると、本当に大事なのはその先ですよね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
どの会社に入っても、とは言わないですけど、どこに入ったとしても、その先で自分自身がどう活躍していくか。
本命は、実はそこですよね。
碓井 一平
そうですね。でも、学生たちの不安の声を聞いていても、驚くほど目の前の就職活動に一生懸命になりすぎているんです。
自分のことも見えなくなっている。
アッティ
確かに。
碓井 一平
そこが、僕らとしては解決しなきゃいけない課題だなと思っています。
本当に、そこがスタートですね。
アッティ
少し話がそれるんですが、僕が大学生の頃、同じクラスだった人が就職活動をしていて、あまりにも胸が詰まってしまって、亡くなったことがあるんです。
それが自分の中にもずっとあって。
間違いなく、就職すること自体が目的になっていたんだと思います。世間全体も、そうなりすぎている感覚があるような気がしてならないですね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
ごめんなさい、少し脱線しました。
次の展開として、実際に就活ラジオをやってみて、学生側・企業側にはどんな課題が見えていたんですか?
学生と企業が出会えない違和感
碓井 一平さんは、学生は行き先がないと悩み、企業は採用できないと悩む状況に違和感を抱きました。地元には企業があり、学生もたくさんいるのに出会えていない。就職や採用がイベント化し、本質からずれている課題が見えてきます。
アッティ
次の展開として、実際に就活ラジオをやってみて、学生側・企業側にはどんな課題が見えていたんですか?
碓井 一平
本当にたくさんありました。
一番不思議だったのは、学生側は「どこに行きたいか分からない」「行くところがない」と困っていて、企業側は企業側で「採用できない」と困っていたことです。
アッティ
採用できない。
碓井 一平
はい。どちらも行き先がないと言っている。
でも目の前を見れば、地元にはたくさん企業があるし、学生もたくさんいるんです。それなのに、どうしてこの両者は出会う機会がないのか。そこがすごく不思議でした。
さらに深掘りしていくと、学生は就職活動では、大手企業を見たり、周りの友達が行く会社を意識したりする。
「友達がここに行くなら、自分はもっとこういうところに行かなきゃいけないんじゃないか」と、競争の中で考えてしまうんです。
その結果、地元の企業が見えなくなったり、本当は自分に合っているかもしれない選択肢を、自分で排除してしまったりする。
学生側と企業側のずれが、どちらにも起きているのが、すごくもったいないし、残念な形だなと思っていました。
それが当時、僕らが一番課題視していた部分ですね。
アッティ
学生にしても企業にしても、就職や採用をどこかイベント化しているところがありますよね。イベント化することで、自分たちの首を絞めているような感覚もあります。
企業側も本来は、ペルソナを設けて、「どういう人を採りたいのか」「うちの会社の考えからするとこういう人だ」と決めるはずなのに、何人採るかという話に寄りすぎている部分もある。
何となく、そういう感じがしますよね。本質論にいっていなかった気がします。
碓井 一平
まさにおっしゃる通りですね。
ずれている部分がずれたまま、就職活動や採用活動が進んでいる。だから、結果も伴わなかったり、なんとか就職先に入社してもすぐ辞めてしまったりするんです。
辞める理由は、「本当はこんなことをしたくなかった」「こんなはずじゃなかった」といったものが多い。
「だったら、あの就職活動であんなに苦しい思いをしたのは何だったのか」という思いが、僕らの中にはありますね。
アッティ
確かに、その時間が無駄かというと、無駄ではなかったとは思うんですけど、もったいないですよね。
碓井 一平
もったいないですね。
スタートアップとして向き合う難しさ
碓井 一平さんは自己資金で就活ラジオを始め、全国に届けるスタートアップとして育てる難しさに向き合いました。
プチ成功ではなく、業界を変えるサービスを目指す中で、3〜4年かけてようやくスタートラインに立った感覚を持っています。
アッティ
スタートアップ企業として立ち上げてみると、当然お金の面もありますよね。
融資という形でお金を動かしたり、株主に応えていったり、いろんなことがあると思うんですが、実際やってみてどうでしたか?
碓井 一平
僕らの場合は、最初からお金を集めたわけではなく、自己資金で始めました。最初は、本当に自分たちで売上を作るのが難しかったです。
僕らの場合はスタートアップとして、上場を目指そう、全国にこのサービスを届けようという思いでやっていました。だから、プチ成功みたいなものは許されないんです。
ちょっと小銭を稼ぐぐらいの感覚で、地元の会社さん1社、2社だけに届ける。いつもよくしてくれる方にだけ届ける。そういうことが許されないゲームでした。
「本当にこのサービスで日本中の人が救われるのか。」「この業界が本当に変わるのか。」そこまで考えたときに、売上を一つ立てるのも、サービスを立ち上げるのも本当に大変でした。
その時代はすごく苦しかったです。先が見えない状態が、ずっと続いている感覚でしたね。
アッティ
なるほど。まだ全然途中だと思うんですが、今はどの段階まで来ているんですか?
碓井 一平
やっと、本当にやっとですね、3〜4年かけて、ようやくスタートラインに立てたのかな、という感覚です。
アッティ
そのスタートラインというのは、お金の面はいったん置いておくとして、事業の内容として、ということですか?
碓井 一平
事業の内容としてもそうです。
僕らが感じていた課題と、その解決策。アイデアとして持っていた解決策が、ようやく少しフィットしてきた感覚があります。
ただ、まだ100%噛み合っているわけではありません。そういう意味では、スタートを切れたというより、ようやくスタートラインに並んだところかなと思っています。
アッティ
なるほど。ありがとうございます。
次回は、「就活ラジオ」のこれからの展望についてお聞きしたいと思います。
就活ラジオが広げる価値観マッチングの世界

富山発の事業モデルをつくる
碓井 一平さんは富山生まれ、富山育ちで、起業のきっかけも事業を続けてこられた背景も富山にあると考えています。
スタートアップとして全国を目指しながらも、まずは富山で事業モデルを作り上げることを大切にしてきました。
アッティ
前回は、いよいよスタートアップとして立ち上げた「就活ラジオ」についてお話をいただきました。
今は5期目に入って、ようやくスタートラインに立ったというお話もありましたね。
やっと解決手法も含めて動き始めたという意味でのスタートラインだと思いますが、次の展開として、これからどう進めていくのかをお聞かせいただけますか?
碓井 一平
僕たちは、富山から生まれたということをすごく大事にしたいと思っています。
1回目でもお話ししましたが、僕は富山生まれ、富山育ちです。逆に、外を知らない環境で育ってきて、事業をやってきました。
起業するきっかけも、起業した後にここまでやってこられたことも、富山があってのことだと思っています。
だから、スタートアップを目指しながらも、まずは富山でしっかり事業モデルを作り上げようということを、今チームでも一番大事にしています。
アッティ
なるほど。
価値観でつなぐ就活アプリ
碓井 一平さんは、就活生と企業をつなぐマッチングアプリで、企業規模や初任給ではなく、価値観やキャラクターの相性を重視。学生が自分では探さなかった会社と出会い、選択肢を広げるきっかけを生み出しています。
アッティ
具体的に「就活ラジオ」の事業内容を少し聞いていきたいと思います。
碓井 一平
僕たちは、就活生と企業さんをマッチングさせるアプリを作っています。
アッティ
アプリを。
碓井 一平
はい。従来の就活ナビ媒体とは違うものです。
学生が使っている従来のナビ媒体には、企業さんの求人がずらっと並んでいます。そこでは、たとえば掲載順だったり、業界順だったり、売上順だったり、いろんな項目で見ることができます。
でも僕たちは、企業の規模や初任給の額ではなく、お互いのマッチング、まさに人間的なマッチングを一番大事にしたアプリを作ろうとしています。
僕らは、それを「価値観マッチング」と伝えています。
アッティ
価値観マッチング。
碓井 一平
はい。お互いの価値観やキャラクター、「自分はこういうタイプの人間だよ」という、なかなか言語化しづらい部分をより具体的に言語化して、マッチングの重要な要素にしています。
それによって、お互いの相性を見ながら企業を探せる、学生を探せる。
そういったマッチングアプリを作ったのが、今の主力事業です。
アッティ
これは、AIか何かでつなぐんですか?
碓井 一平
一応、中ではAIがしっかり動いています。最近でいうAI関連のアプリにはなるんですが、AIだけでは完結できない部分もあります。
僕らとしては、データも集めるし、AIも使う。さらに、実際にリアルでヒアリングもする。
学生さんや企業さんに僕らが直接ヒアリングしながら作っていく、いわゆるハイブリッド型のような形で進めています。
アッティ
「この企業にはこの子が合うだろう」というところを合わせていくわけですね。
実際、何年かやってこられて、価値観マッチングの結果はどうですか?
碓井 一平
一番うれしい口コミやレビューは、「自分では探さなかったような会社と出会うことができた」という声ですね。
アッティ
面白いですね。
碓井 一平
僕らとしては、すごくポジティブに受け止めています。
そういう声をくださる方は、基本的に本人もポジティブな意味で言ってくれることが多いんです。
学生さんは社会経験がない中で将来の選択肢を選ぶので、どうしても選択肢の幅が狭くなりがちです。
その中には、自分の固定観念や苦手意識もあります。
「この業界はちょっと苦手です」「こういう職種はやりたくないです」と思っていたけれど、マッチングして話してみると「意外にこの業界、面白そうだ」と感じることがある。
そういうきっかけを作れていることが、今の僕たちにとって一番うれしいポイントですね。
アッティ
いいですよね。少し失礼な言い方になるかもしれませんが、学生レベルで持っている情報網は、かなり限られていますからね。
どういう会社があるのか、どういう活動をしているのか、どういう考えを持っているのか。そのあたりは、ほとんど分かっていない状況のような気がします。
碓井 一平
分からないですね。彼らに届いている情報も、割と統一されたものです。
求人票は、みんな同じフォーマットじゃないですか。その会社の文化やカルチャーが反映されていないものも多いんです。
それを見て、「自分に合う会社を探してください」と言われても、むしろ難しいですよね。
アッティ
確かに。たとえば会社説明会に行ったとしても、そこでどこまで伝わるのかというところはありますよね。
もちろん、現実には「入ってみなきゃ分からない」こともあるとは思います。でも、価値観に関する情報を出し合って、それをつないでいくとなると、精度はかなり高くなりそうな気がします。
碓井 一平
そうですね。本来なら入ってみなきゃ分からなかったことが、ポジティブに動けばいいんですが、ネガティブに動いて辞める子も多いんです。
だから、事前に知っておきたいポイントとして、僕たちは今のアプリでそれを届けようとしています。
アッティ
そのアプリ以外にも、何か取り組みはあるんですか?
碓井 一平
アプリを使って体験してもらうだけだと、そもそもそこに関心がない若者もたくさんいます。
アッティ
確かに。
碓井 一平
そういう意味では、大学の授業の枠をいただいて、学生さんに将来の考え方を伝える活動もしています。
いわゆる啓蒙活動のようなことをさせていただいたり、SNSで情報発信をしたり、そういうことも合わせて進めている状況ですね。
アッティ
なるほど。ありがとうございます。
AIと人で高めるマッチング精度
碓井 一平さんはAIを活用しながら、学生や企業へのリアルなヒアリングも重ねています。
データだけで完結させず、人の感情や相性まで見ようとする姿勢を大切にしつつ、AIの急速な進化や競争への危機感も抱えています。
アッティ
今、AIが恐ろしい勢いで発達しているじゃないですか。
僕たちも、ついていくのがやっとというか、ついていけているのかも微妙なくらいです。
その中で、アプリにAIを入れながら人をつないでいくようなサービスは、採用以外にもたくさんあると思います。
そこに対する危機感はありますか? あるいは、いち早く取り組んでいることによるメリットもあるのでしょうか。
碓井 一平
ありますね。まず危機感でいうと、もちろんあります。
僕らが自分たちで作ったAIの部分もありますが、世の中にはいろんなAIサービスがあります。その競争に勝っていかなきゃいけない。
今は、AIが何でもできるようになってきています。人材業界のAIだけを見ていると、もう物足りないんです。
他の業界から、「人と人のマッチングをうちのAIでやろう」というサービスが出てくるかもしれない。そういった脅威は常にあります。
ただ、それはうちだけではなく、世界中のAIに取り組んでいる企業が、みんな同じ思いをしていると思います。
アッティ
確かにその通りですよね。みんなで戦っているし、みんなで恐怖も感じながら進んでいる感じはありますね。
碓井 一平
どんな大手企業でも、そこは同じだと思います。
アッティ
そうですよね。就活ラジオは決してAIの会社そのものではないですし、AIの先がまだ見えきらない部分もある中で、余計に不安感はあるような気がします。
でも、それは行動力とスピードでどこまで網羅できるか、というところもありますよね。
富山で資金調達する意味
碓井 一平さんは、富山で資金調達に踏み出すまでに時間がかかったと振り返ります。
東京に比べて事例や情報が少ない中でも、「起業の選択肢は東京だけではない」と示すため、富山で挑戦を続けています。
アッティ
スタートアップという観点からすると、資金調達という面もあると思うんですが、そこはどうだったんですか?
碓井 一平
資金調達は、結果的にはうまくいったんですが、そこに踏み出すまではすごく時間がかかりました。
というのも、富山で資金調達をしている経営者は、どうしても数が少ないんです。東京に比べると圧倒的に少ない。
出資している方もいらっしゃると思うんですが、「自分はベンチャーに出資しています」と大声で言って歩いている人もいません。
アッティ
確かに。あまり聞いたことがないですよね。
碓井 一平
そういうリアルな情報を取るまでが、僕らにとってもすごく難しかったんです。
だから、資金調達をやろうと踏み出すまでに時間がかかった気がします。
アッティ
でも、いいですよね。富山の会社として、あえて富山で立ち上げるのは、結構珍しいと思うんですよ。
情報も人も、すべて東京のほうが集まります。だからどうしても東京へ行きがちです。
富山の企業さんも、スタートアップが資金を集めている現場に触れる機会は少ないと思います。
こういうことをきっかけに、「こういう世界があるんだ」「こういうつながりを持てるんだ」と見えるようになるといい気がします。
碓井 一平
そうですね。僕らは企業さんに対してもそうですし、もう一方で、富山で起業を考えている若者や、「起業するなら東京だよね」と思っている若者に向けても、強く発信したい思いがありました。
アッティ
なるほど。
碓井 一平
富山でも、ちゃんと事業をスタートして、資金調達もできる。「選択肢は東京だけではないんだ」ということを見せたかったんです。
結果的に、地元で資金調達をする形を取ったのも、そういった方向性があったからです。
アッティ
事業を聞いていて思うのが、どうしても個人の情報を扱うじゃないですか。
そこはすごく大変なところだと思うんですが、そのあたりで考えていることはありますか?
碓井 一平
それこそ、セキュリティの話ももちろんあります。
それに、今AIの話も出ましたが、人間には、AIにすべて任せきれない感情の部分もあります。
どれだけデータがあって、もっともらしいことを言っても、最後の最後に人間の感情を動かせないこともあるんです。
人と関わるサービスを作っていること自体が、すごく特殊な世界だと思っています。僕が元々いた土木の業界とは、また全然違う難しさと面白さの両方がありますね。
アッティ
なるほど。
県外展開とT-Startup採択
碓井 一平さんは京都と愛知にも拠点を設け、富山で見えた課題が他地域にも当てはまるのかを検証。
富山モデルの確立と県外展開を並行して進めながら、T-Startup2025にも3度目の正直で採択されています。
アッティ
碓井さんは富山育ちで、富山から出たことがあまりないという話がありましたが、事業としてはいよいよ県外展開も必要になってくるじゃないですか。
そこについての動きや考え方はどうですか?
碓井 一平
実はもう去年の中盤、夏明けくらいから、県外に事務所を設けています。まずはその場所に通わなければいけないということもあって、行き先としては京都と愛知を選びました。
事務所やオフィスを構えて、そこに人も置いています。
まずは、富山で見た課題感や解決策が本当に富山だけのものなのか、それとも他の市町村や都市でも同じことが起きているのかを見なければいけないと思ったんです。
アッティ
課題感の検証ですね。
碓井 一平
そこをまずやろうということで、この半年間、そういった活動をしてきました。
アッティ
そうすると、富山である程度完結してから県外展開を目指すのではなく、並行してやっていく感じですか?
碓井 一平
そうですね。僕らも本当は、富山で完結してからという思いが強かったんです。
ただ、それ以上にAIをはじめとしたいろんなものの発展がすごく早い。
形として成功するモデルを作り上げる場所は富山だと思っていますが、それが他の地域でもできるのかという検証は、もう進めなければいけません。
アッティ
なるほど。
碓井 一平
ある意味では、同時に進めている感じですね。
アッティ
それを進めておくと、富山で成功した事例を一気に持っていける可能性もありますしね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
それと、過去のゲストの中にも、富山県が行っている「T-Startup」の卒業生という言い方が正しいかは分からないんですが、採択された方が結構いらっしゃいます。
今回、就活ラジオも「T-Startup2025」に採択されたんですよね。
碓井 一平
そうですね。ありがたいことに。ただ、実は僕が出したのはこれで3回目です。
アッティ
そうなんですか。
碓井 一平
3度目の正直でした。
アッティ
3度目の正直。トライはしていたんですね。
碓井 一平
あらゆるものにトライはしていました。
さっきお話しした「スタートラインに立てた」というのは、そういう意味でも、やっと選んでいただけたということもあると思います。
アッティ
T-Startupも、必ずしもIPOや上場だけを目指すものではないと思うんですが、そういったことは考えるんですか?
碓井 一平
そうですね。信用や信頼という意味もありますし、選んでいただくことで、そういったつながりにもなります。
僕らがまだつながっていない事業者さんや学生の皆さんに、僕らのことを知ってもらう意味でも、T-Startupという枠組みを使ってスタートアップをどう進めていくかは、すごく考えていました。
アッティ
なるほど。ありがとうございます。今回は、就活ラジオについてかなり詳しくお聞きしました。
次回は、就活ラジオを運営する碓井さんとして就活生に今一番伝えたいことや、事業の最終的な未来像についてお話を伺いたいと思います。
富山への想い&オススメ店&リクエスト曲

納得できる就活と未来像
碓井 一平さんは、将来の選択に正解はないからこそ、自分が納得できる選択をしてほしいと考えています。
就活ラジオが目指すのは、学生が行きたい会社を選び、企業が採用したい学生に出会える社会。就職活動の構造が変わった先には、就活ラジオ自体が必要なくなる未来も見据えています。
アッティ
前回は、就活ラジオの内容についてたっぷりお話をいただきました。
今回は、就活ラジオを運営されている碓井さんに、今の就活生に一番伝えたいことをまずお聞きしたいです。
碓井 一平
将来の選択に、正解はないと思いますね。
よく「選択を正解にしていくのが起業家だ」とも言われますけど、就活生にそれだけを言っても、すごく難しいと思うんです。
不安は、どれだけ準備しても不安のままだと思います。やってみないと分からない部分もあります。だから少なくとも、自分が納得できる選択をしてほしいなと思っています。
たとえば、「親に言われたから」「大学に言われたから」「友達が行ったから」。結果的にはそれでもいいんですけど、そこには自分の納得感を持っていてほしいんです。
その結果、駄目でもいいんじゃないかなと思っています。
アッティ
確かに。
碓井 一平
それで不安が解消されなくても、働くまでは不安がずっと続くものです。
だから、納得感を得られるまでは、どれだけ時間がかかってもいいので、あがいてほしいなと思っています。
アッティ
おっしゃる通りですね。
納得して働き出して、もしそれがフィットしていなくても、次のステージは山ほどあるわけですしね。実際、碓井さん自身も27歳で社長になって、30歳で退任して、また違うことをやっています。
だからこそ、納得して後で後悔しないというか、「自分の中でこれがあったから、こうしてきたんだ」と思えることは大事ですよね。
ありがとうございます。
それでは、就活ラジオの活動に対しての未来像は、どのように考えていらっしゃいますか?
碓井 一平
この言葉が適切か分からないんですけど、今のサービスを本当にいいものとして作り上げて、日本中に普及させる。それによって就職活動の構造を変えることができた先には、ある意味、僕ら自身が必要なくなると思っています。
僕らがいなくても、学生は行きたい会社を選べる。企業は採用したかった学生に出会える。
そういう社会になっていくことが、僕らの役割なんじゃないかなと思っています。
アッティ
その未来像、いいですね。
確かに考えてみると、会社にしても、人事部や採用を担当する部署が本当に必要なのか、というところはありますよね。
碓井 一平
そうですね。
アッティ
学生もそうですよね。無理に今の形の就職活動をする必要が本当にあるのかというと、少し形が決まりすぎている気がします。
碓井 一平
おっしゃる通りです。
そのタイミングで就職活動をしないという選択があってもいいし、就職せずに世界を旅してみるという選択も一つかもしれません。
アッティ
確かに。なぜか大学3年生になると就職活動、4年生になったら就職活動をしなきゃいけない、みたいな空気が強すぎますよね。
碓井 一平
3月1日になったら。
アッティ
「解禁だ」みたいな流れがありますよね。
ふるさと富山について
碓井 一平さんにとって、富山は生まれ育った特別な故郷です。沖縄やハワイも好きだとしながらも、自分を育ててくれた場所として富山には特別な思いがあります。
起業の出発点にも「富山に何かできないか」という気持ちがありました。
アッティ
それでは、これは皆さんにお聞きしているんですが、碓井さん自身が感じるふるさと富山についてお話しいただけますか?
碓井 一平
やっぱり、生まれ育った場所は特別だなと思います。
富山が大好きかと言われたら、僕だって沖縄も好きですし、ハワイも好きです。ただ、生まれ育って、自分を育ててくれた故郷は、やっぱり特別かなと思っています。
僕が今、起業してここからスタートしているのも、「富山に何かできないか」という思いがあるからです。僕らの場合は、それが若者に向けたものです。
富山の若者や、これから富山で起業しようと思っている方たちにとって、僕らが一つのモデルケースになれればいいなと思っています。
なかなか他にはない歩みを取っていると思うので、富山において「こういうやり方もあるんだ」と思ってもらえる存在になりたいですね。
アッティ
そうですね。事業として富山で成功することには、やっぱり意味がありますよね。
「富山からでもスタートアップとして挑戦できる」「富山で成功できる」という姿を見せることは、これから起業する人たちにとっても大きいと思います。
お気に入りの飲食店
アッティ
碓井さんのお気に入りの飲食店を、富山県内で教えていただけますか?
碓井 一平
僕は立山町に住んでいるんですけど、すぐ近くに「dadada」というお店がありまして。発音が「ダダダ」なのか「ダーダーダー」なのか分からないんですけど、すごくおいしいピザを提供してくれるお店です。
つい先日も、妻の誕生日に使わせていただきました。
オープンキッチンのような形で、ピザや窯を使った料理を提供してくれるんです。
アッティ
ピザ窯もあるんですか?
碓井 一平
あります。お肉料理やパスタもあるんですけど、地元の食材を使っていたりして。
いろいろありますが、シンプルに味がおいしい。味がおいしいというのが一番ですね。
家の近くにあるのも最高だなと思っています。
アッティ
立山町にあるんですか?
碓井 一平
一応、舟橋です。
アッティ
舟橋。
碓井 一平
境目なんですけど。
アッティ
いいですね。思わぬ場所にありますね。
碓井 一平
素敵なので、ぜひ皆さんも。
アッティ
ありがとうございます。
リクエスト曲
アッティ
もう一つ、碓井さんのお気に入りの曲を1曲教えていただけますか?
碓井 一平
ケツメイシさんの「上がる」という曲です。
アッティ
「上がる」。
碓井 一平
アルバムの中に収録されている曲なので、僕も自分のアルバム以外では聞いたことがないんですけど、その曲が好きですね。
アッティ
それはなぜですか?
碓井 一平
タイトルも「上がる」ですし、歌詞の中で、いろんな困難にぶつかっても上がっていかなきゃいけない、今のままでいいのか、ということを訴えかけられるんです。
最初に響いたのは、高校生だったか大学生だったか。
まだ自分の中でそんなに大きなチャレンジをしていない時期でした。
それでも、「かっこいい男って、こういう大人だな」と思ったんです。
どんどんチャレンジしていく姿勢というか、当時からずっと聞き続けている特別な曲かなと思います。
アッティ
ケツメイシさん自身が好き、ということではなく?
碓井 一平
それではなく、たまたま聞いたときに入っていて。その曲調、テンポ、歌詞、全部が僕にドンピシャでヒットしたんです。
アッティ
なるほど。ありがとうございます。
これからの夢や目標について
碓井 一平さんは、富山から始まった事業としてIPO・上場を目指しています。
さらに、就活ラジオが富山で挑戦する人の道しるべになることも目標の一つ。その先には、10人の若い起業家に1億円ずつ渡し、富山で挑戦してもらう構想も描いています。
アッティ
それでは最後の最後になりますが、碓井さんのこれからの夢や目標についてお聞かせいただけますか?
碓井 一平
スタートアップとして目指しているところでいうと、IPO、上場です。それが、富山からスタートした事業であるというところは、今の僕にとって大きな目標の一つになっています。
もう一つ先の目標もお話しさせていただくと、本当にIPOしたときに、僕も大株主として、代表として資産を築くことができたら、やってみたいことがあります。
仮に10億円というお金を手にしたとして、その10億円を1人1億円ずつ渡して、10人の起業家を作りたいんです。
アッティ
作りたいと。なるほど。
碓井 一平
初めから1億円を手にした若い起業家は何をやるのか。条件は、富山でやることです。
アッティ
いいですね。いいですね。
碓井 一平
同時に、1億円を手にした起業家が10人生まれる。これは今までにないインパクトだなと思っているんです。
アッティ
面白いですね。
碓井 一平
それはやりたいんですよね。
アッティ
その人たちがどんな動きをするのかを見るのも、楽しみになるということですね。
全5回にわたって碓井さんからお話をいただきました。まさに就活の中で常識を変えるということで、納得できる就活を目指す考え方は、とても面白いですし、必要なことだと強く感じました。
もう一つ、富山でスタートアップを立ち上げて成功に結びつけることも、富山の人間として誇り高いことだと思います。これからますますのご活躍を期待しております。
碓井 一平
ありがとうございます。
アッティ
この番組のこれまでの放送は、ポッドキャストで聞くことができます。FMとやまのホームページにアクセスをしてみてください。
お風呂の中でのぼせてまいりましたので、そろそろあがらせていただきます。アッティでした。
